高鳴り
第13話 涙
2日後
リバースデザイン
「あれ?みんなは?」
出勤した水惟は事務所に一人で居た蛍にたずねた。
「取材とか営業とか展示会見学でみ〜んな外出中。」
「ふーん。なんか珍しいですね、デザイナー組はみんなあんまり外出ないのに。」
そんな日もあるのか、と水惟はたいして気にせずパソコンに向かった。今日は蒼士とのアポがあるので、どちらかと言えばそれが気になっている。
(わざわざ来なくても…オンラインミーティングとかでも良い気がするけどな。深端の営業部長ってヒマなの?)
ここのところの顔を合わせる機会の多さに小さく溜息を
———ブー…ブー…
しばらく二人で仕事をしていると、蛍のスマホが鳴った。
「はい…え!」
電話に出た蛍が慌てた様子を見せる。
「はい、はい、すぐに向かいます。すみませんがよろしくお願いします!」
それだけ言うと、蛍は電話を切った。
「ごめん水惟ちゃん、
「え、灯里ちゃん大丈夫ですか?」
「よくあることだから大丈夫だと思うけど…」
蛍は急いで荷物をまとめた。
「水惟ちゃん一人になっちゃうけど大丈夫?洸には連絡入れておくけど。」
「大丈夫ですよ〜子どもじゃないんだから。電話も来客もバッチリ!早く灯里ちゃんのところに行ってあげてください。」
水惟は親指と人差し指で丸を作ってみせた。
一人になった事務所で、水惟は黙々とパソコン作業をしていた。事務所のメインルームにはマウスのクリック音やキーボードを叩く音などの水惟の作業する音と、ラジオから流れる洋楽だけが響いている。
———ピンポーン…
予定時刻の5分前にドアのチャイムが鳴り、水惟の心臓がギク…と音を立てるが「ふぅ」と小さく深呼吸をして事務所の玄関に向かった。
ドアを開けると、当然そこには蒼士が立っている。
「こんにちは…どうぞ…」
「こんにちは。これ、良かったら。」
蒼士は入室すると水惟に紙袋から菓子の箱を出して渡した。
「…えっ!?……あ…えっと……ありがとうございます、いただきます。でも…そんなに毎回手土産なんて無くて良いと思います。そちらがお客様ですし…」
「持ってきたいから持ってきてるだけだから。」
「…そう…ですか…」
(これって…)
箱を受け取った水惟が驚いたのには理由がある。
蒼士が持ってきたのは
(わざわざ朝イチで予約して買ったってこと?)
そしてこれも、水惟の大好物だ。
(なんで…?)
「今日のリバースはなんだか静かだね。」
ミーティングルームに案内された蒼士が言った。
「みんな出払ってて、蛍さんは灯里ちゃんのお迎えに行っちゃったので。」
「ふーん。」
蒼士の質問のせいで今この事務所に二人きりだということを変に意識してしまうことになった。
(…いや、べつに…仕事だし。)
「いろいろ考えてみたんですけど…」
ミーティングルームのテーブルの上に、水惟が考えたjärviのロゴが並べられた。パソコンで仕上げられたようなものもあれば、手描きのスケッチのようなものもある。
蒼士はその一点一点を手に取ってじっくりと見た。表情はどことなく嬉しそうだ。
「湖上さんの要望を取り入れてるのはこれとかこの辺りだけど、水惟らしいのはこっちだね。」
蒼士が手描きの赤いロゴを指差して言った。
「それ…」
それは水惟が一番気に入っているデザインだった。
「これ、イチゴ?」
そのデザインは水彩のようなムラのある優しい赤に、白い手描きの水玉模様がまばらに入ったものだった。
蒼士の質問に、水惟はコクリと頷いた。
「そのデザインは、ロゴをお願いするって言われてからすぐに頭に浮かんだものです。湖上さんの要望を聞く前のものだから、要望には応えられてないけど…私がお店に行ってお茶をした印象をデザインしました。」
「ストロベリータルト?」
蒼士が笑顔で聞いた。
「…なんか食い意地が張ってるみたいだけど…でも、そうじゃなくて、järviのストロベリータルトってキラキラして宝石みたいで、あの空間もスタッフの人も楽しそうで、お客さんもみんなニコニコしてて…タルトの宝石みたいなキラキラって、あの空間自体の持ってるものだって思ったから、イチゴの要素を象徴的に取り入れました。お店の緑との対比もきれいだから、ポスターでも他のアイテムでもアクセントになると思います。」
どちらかというと普段は口数が少ない水惟だが、デザインの説明やプレゼンでは言いたい事が溢れてくる。
「………」
蒼士はそのまましばらく無言でそのロゴを見つめた。
(…何か言ってくれないと気まずい…)
「—うん、良いね…すごく—」
蒼士が言葉に詰まった。
(…え…)
水惟のデザインを見る蒼士の瞳が潤んだように光っている。
「…なんていうか、すごく…水惟らしいな—」
そこまで言って、蒼士は右手で目を覆った。
「ごめん…」
蒼士は目元を拭うような仕草を見せた。
(…涙…?)
(泣いてるの?どうして?)
(…でも…私、この
蒼士がよく泣いていたような記憶は無い。
水惟の頭が鈍く痛む。本当は痛く無いのかもしれないような、頭が混乱している感覚だ。
「………」
水惟は何も言えずにただ蒼士を見ていた。
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