トロい私と特別な貴女

@chauchau

第1話


 なんだかなーという気持ちと。

 それはそうだよなーという気持ちと。

 やっぱり、なんだかなーという気持ちが混ざり合って。


 数年ぶりに会って話したかったはずの彼女の左手の薬指にあるそれを遠目で見つけてしまった私は、静かに同窓会をあとにした。

 もとよりクラスでも地味な私がこっそり抜け出したところで気付かれることはない。せっかくの同窓会に出たというのに誰も声をかけてくれないような私なのだ。

 だから、帰り道に溜息が零れるのは、気力とお金を掛けたオシャレも無駄になってしまったせいだと自分の心を偽った。偽ることには慣れている。慣れてしまっている自分を誇ろうか。それとも何をしているんだと嘆こうか。でも自分くらいは自分を誇ってあげたいじゃないか。せめて、とか言っている時点で効果のほどは期待してはいけない。


「ありぁしたー」


 文字にするのが難しいほどに砕けきったコンビニバイトくんの言葉は、何度聞いても感心してしまう。あそこまで日本語の原形を粉砕しておいてもなお、彼の意図は私に届くのだ。真面目できっちりとした日本語を使っても意図を届けることができない人間の多いなかで彼はまさしく日本の救世主と言える。そんなはずないけど。

 購入したのはチューハイ。安酒に酔い潰れたいというよりは、安酒が口に合うのだ。合ってしまうから。

 高い参加費を払ってひとつも料理に手を伸ばさなかったことは最大の失敗だった。でも大丈夫。いつの頃からか、おなかが減ってもおなかは鳴らなくなった。鳴らないから減ってないと錯覚することができる。大丈夫という言葉は飲む込むほどにおなかに溜まってくれるから。


 夜の公園で酒を飲む。

 憧れていた行動ではある。やるべきは大学生の時分だろうけど。三十路が見えてきた人間のとる行動ではない。だからこそ、楽しいのかもしれない。


 一口。

 冷えていたチューハイが、ぬるくなっている。そんなに遠くまで歩いたつもりはない。距離が問題ではない。私の速さが問題なのか。速さが遅くなればなるほどかかる時間は増えるんだ。小学校で習う速さの問題である。覚えている自分を褒めよう。


 二口。

 空きっ腹に炭酸がパチパチと跳ねていく。固形物をよこしなさいよと呆れるおなかに大丈夫だよと魔法の言葉を落とし込む。


 三口。

 残りをすべて流し込む。一気に煽れば缶の中身が喉から胃へと流れ込んでいく。唇の端からこぼれた液体がせっかくのドレスに染みを産む。


「それで?」


 缶を握りつぶす。ことはできない。私はそこまで強くない。


「何がしたいの」


 やっぱり私は弱いから。

 かけるべきではないと分かっていても。


「あの時と同じ言葉だね」


 やっと反応してくれたー! と笑う貴女の顔が、なんだかとても……。

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