第四話 「お前かよ」
「…何か用?」
「いや、夜ノ森さんのことについてなんだけど」
「夜ノ森…?あぁ…」
大学の文化棟の一室で一人、ヴァイオリンを手入れする女性がいる。肩辺りで揃えられた黒髪、小柄な体格なのだが、僕を見上げるその視線はクールで鋭い。この雰囲気、分かる。これが一種の天才なのだろう。
秋本かなで(あきもとかなで)。夏川と同じく僕の幼なじみの一人だ。昔ヴァイオリンを習っていたときの練習仲間である。コンクールでは僕よりずっと良い成績を残しており、大学の音楽部では、二年ながらコンサートマスターを勤めている。僕とはまあ、ギリギリ話してくれる関係性だ。
「夜ノ森さんが何?」
「お前、この大学に通ってるって知ってたか?」
「うん」
「そうか、やっぱりな、僕も驚いたんだ……………って、え?」
「だから、知ってたって」
「なんで今まで教えてくれなかった!?」
「だって、聞かれなかったから」
そうだ、秋本はこういう奴だった。質問を与えたら必ず答えが返ってくる。けれど、彼女から僕には何も聞かれない。…関心無いんだろうなぁ、僕に。
「でも、私が知ったのもつい最近のことだよ」
「え?前から知っていた訳じゃないのか?」
「この大学に夜ノ森冬花が通っている、ということは一年の頃は知らなかった。少なくとも私はね」
「………」
どういうことだ。夏川の知人によれば夜ノ森冬花はこの大学に通っている。だけど、今までそんな噂はなかった。あれ程の知名度を持った人だ、いくらなんでもバレなかったでは説明がつかない。
彼女は、この大学の三年生として突如現れた。
「…やっぱり夏川にもう一度確認してみるか」
「夏川?」
「あいつの知り合いが夜ノ森さんを見たって言ってるんだ。それ、やっぱり見間違いだと思う」
「あ、その知り合い、私」
「ん?」
「だから、夏川に夜ノ森さんを見たって言ったのは、私」
「んん?」
秋本はその後黙々とヴァイオリンの手入れをし始めた。他を一切遮音するような物凄い集中力だ。これもまた天才の特徴かもしれない。
そういえば夏川、音楽が好きな知り合い、って言ってたな。なんで秋本って言わないかなあ。あ、僕があまりにも他人と関わっていなくて、僕と秋本が幼なじみだってことを忘れてた説を推したい。
「……………お前かよ」
僕の言葉に秋本はピクリとも反応しなかった。
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