第二話 「今日もまた」
対面の授業に向かう僕、朝野春人は憂鬱でならなかった。なんのために受ける気もない講義を受けに行くのだろうか。まあ、単位は落としたくないだけなのだが。
「辞めてえなあ、大学」
といっても僕が通う大学は全国でも名の通った名門だ。そんな大学を辞めたら親にどの面下げて帰ればいいか分からない。ほとんど無理矢理な進学だったかもしれないが、学費、生活費の面倒をみてくれているのは事実だし、法学を学んで立派な企業に就職してくれることを望んでいるようだ。
「そんな期待、僕には重すぎるよ…」
親との関係が本当に悪いというわけではない。ただ、気まずい。それだけだ。こんな明確な意思も持たない人形みたいな僕に何で進学をさせたのか疑問でならない。こんな奴家に置いていても仕方ないと思って、僕を一人暮らしさせたのかもしれない。
「おはようお兄さん、なにか探し物?」
下を向いて通学路を歩いていた僕に話しかけてきたのは夏川幸太(なつかわこうた)だ。
「お前、分かってて言ってるだろ」
「もちろん、お兄さんが大学辞めてぇって毎日呟きながら地面見て歩いてるのを承知の上で言いましたよ」
「相変わらず、性格悪いな」
「おいおい春人、お前にとって実に貴重な話し相手にそんな態度とって良いのかな?」
「お前なぁ…」
夏川幸太、十九歳。僕と同じく大学二年生で、僕にとって数少ない話し相手の一人と言って良いだろう。彼とは幼なじみであり、小学校以来の付き合いである。髪は短く切り揃った茶色で、整った顔立ちをしている。スタイルも良い。当たりもよく大学内でも人気がある人物だ。その上頭も良い。なんでだ。優れるなら顔か頭脳かどっちかにしろ。
「ちなみに容姿端麗で人当たりが良くてコミュ力抜群の夏川さんは、何で僕みたいな木偶の坊に話しかけたんですか?」
「ん?この容姿端麗で人当たりが良くてコミュ力抜群の俺はね、お前みたいな木偶の坊の幼なじみだから挨拶したんだよ。少しは誰かと話さないと口が無くなるぞ?」
「余計なお世話だよ、ったく…」
大学に行くとなると大抵いつもこんな感じだ。こいつ、待ち伏せでもしてんのか?
「お前、少しは人と関わることを覚えたらどうだ?大学一年この頃俺以外の人と話してるところ、ほぼ見たこと無いぞ?…まあ、今までも無かったけどね」
「いいんだよ、僕は。関わったってどうせ長続きしないし、何か…性に合わない」
「その返答、何回目だあ?人付き合いそのものに性に合うも合わないもあるかよ。誰と付き合うかならまだ分かるけど」
「お前のその質問も何回目だよ」
「ハハッ、確かにな。とにかく大学辞めんなよ?何かあったらいつでも俺のところに来いって、な。そんじゃ、またあとでな」
「ああ…」
夏川幸太はいつだってそうだった。俺が悩んでいるときにあいつは何をするでもなくただ話してくれる。それだけでいくらか僕にまとわりつく重い空気が軽くなる気がした。
「今日もまた、あいつに救われたな」
大学に向かう途中あいつに出会う度にそう思えるのだ。
「あ、後でアイスおごれなー」
少し進んだところで振り向き、手を降りながら言う夏川。
「何でだよ」
その図々しさも変わっていないらしい。
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