第133話 「夜這い」
あれから数日。
調査結果はまだ彩香さんからは来ていない。
内容が内容だけに、普段の仕事と両立しながら調べるのは彩香さんといえども時間がかかるのだろう。
「今日のお食事ご用意できましたよ」
「──ありがとうございます、紗耶香さん」
「いえ、許嫁として当然ですから」
いつも料理をしてくれる花咲凛さんは今日は用事があるらしく不在。
そうなると普通なら黒川さんが料理をするところなんだけど当の黒川さんが──【ちょっと手首の調子が……なのでお嬢様に作っていただきましょう!】とか言い始めた。
どこの執事が体調悪いからって主人に仕事をやらせるんだとは思ったけど……花咲凛さんもたまにやるわそういえば。やっぱり常識なのかもしれない。
しかし紗耶香さんは受け入れてくれた。
流石に悪いと思ったので断ろうとしたけど【ぜひやらしてください!】と意外にも紗耶香さんが乗り気だったためお願いした。
以外にというか、紗耶香さんは料理はできるらしい。
今も夏らしく薄い青色の涼しげなエプロンを着ていてとてもかわいい。
「エプロン姿も似合うんだね紗耶香さん」
「え、エプロンくらい誰でも似合うと思います」
言われれば確かにそうだ。
逆にエプロンが似合わない人なんてゴリマッチョくらいかも。
紗耶香さんは照れているのか不快なのかは分からないけど、少しつんとした様子で、俺と目も合わせてくれない。
ただ文句を言われてるわけでもないので多分大丈夫だと思う。
紗耶香さんの態度に思わず苦笑すると……
「恭弥様、あれは照れ隠しです、もっと褒めてあげてください。実はお嬢様は昨日の夜エプロンをどれにするか悩まれていましたので──」
「──黒川……ッ」
「失礼、口が勝手に滑りました」
言うだけ言ってまた消えていく黒川さん。
当のお嬢様が耳を少し赤くして恥ずかし気にされているけど助けなくていいの?
というかさっきの流れはやっぱ予定された流れだったんだね。
黒川さんが暴露してったよ。
「……ほんとよく似合ってると思うすごく素敵だ」
「~~ッ……ありがとうございます──き、恭弥さんご飯はどれくらいお食べになりますか?」
「……少し多めにもらおうかな?」
「はい!」
茶碗に多く盛り付けられたご飯はサツマイモの炊き込みご飯かな?
バターが入ってるのか、食べる前からすごく芳醇な香りがする。
「いただいてもいい?」
「はいもちろん」
笑顔で頷いてくれた紗耶香さん。
ご飯を一口いただこうとして、
「──あ、私もいただこうかしら」
横の席に腰を下ろした人がいた。
「……秋月先生、いらっしゃったんですね?」
莉緒さんが来て、紗耶香さんの声音が少し低くなった。
「そりゃ私もここの住人ですから、いるわよ。ちゃんと今日もお仕事してきました……えらくないですか?御主人様」
「お、お疲れ様でした」
仕事してたのは見てるよ、なんせ担任の先生だから。
ほんと莉緒さんは家と外のギャップが激しすぎる。
外では厳格な教師のなのに、家でだだ甘で俺のことを御主人様と呼んでくる始末。
学校と家の莉緒さんを知るとあまりのギャップにこっちが風邪をひきそうになる。
こないだまではこうじゃなかったんだけど……どこで間違えたんだろ。
「もっと残業した方がいいのではなくて?日本の教育は大変と聞きますし」
「うちの生徒は優秀だからそんなことしなくてもいいのよ~」
今日は金曜日。
週末は許嫁含めみんなで食べる日だけど、今日はそスタイルになってる。
「……橘さんもお帰りになりましたかね? ご飯どうされたんでしょう……一応準備はしたのですけど」
「あぁ彼女ならさっき私と一緒のタイミングで帰ってきたしそろそろ──」
莉緒さんが話す途中でちょうど橘さんもリビングにやってくる。
制服はもう着替えたらしく、生足が見えるショートパンツに、ダボっとしたオーバーサイズのTシャツを着ている。
「──あ、ご飯?私ももらっていー?おなかすいててさー」
「もちろんです、みなさんの分も用意しておりますから……先生は別に食べなくても結構なんですけど」
「わー御主人様美味しそうですね……差し支えなければ私があーんしましょうか?」
「差支えしかないですけど? どうして先生があーんするのですか。そこは普通料理を作った人がすると思うんですけど?」
「美味しそうな料理ですね御主人様? 唐揚げときんぴらごぼう、それに小松菜のお浸しに、大根とわかめのお味噌汁。どれから食べますか?」
「いや自分で食べるんで……結構です」
さすがに公衆の面前であーんされるほどの度胸は俺にはない。
というかこの二人は普段仲が悪いなぁ。前はそんなこともなかったのに。
「あ、逆にしてみたいってことですか?それならそうと」
「それなら私がしてあげますよ?ほらあーん」
有無を言わさず、正面に座った紗耶香さんが炊き込みご飯を莉緒さんの口にツッコんだ。
もぐもぐと咀嚼し飲み込んでてから、莉緒さんも紗耶香さんに向き直る。
「紗耶香さん?さすがにいきなり食物を口に入れるのは危ないと思うわよ?」
「あーんしろとおっしゃったのは先生ではないですか」
「御主人様にね……あなたではないわ紗耶香さん」
「じゃあ間違っていないではないですか。
──御主人様の正妻は私、ならば立場としてはあなたより上でしょう?堪え性のない人には躾をしませんと」
「いつ紗耶香さんが正妻になったのかしら?夢見るのは小学生までにしなさい、さすがにそこまで先生も面倒見切れないわよ?」
「先生の面倒見るのは私ですから大丈夫です」
紗耶香さんと莉緒さんが氷の微笑を浮かべあっている。
流石ふたりともいいとこ出身のお嬢様、舌戦の鋭さが群を抜いている。
その辺やっぱり空気を読む橘さんはすごい。
笑顔を浮かべながら、ご飯をちゃっかりと食べ進めている。
俺も見習って……
「まぁまぁ二人とも落ち着きなって、ご飯も冷めちゃうしー……あまりにすごい剣幕だとキョウ君もひいちゃうよ?」
橘さんの言葉に、二人してはっとした顔を浮かべている。
「し、失礼いたしました。この雌犬があまりに盛っておりましたので……」
め、雌犬。
莉緒さんのこと雌犬って言ったよ。全然反省してないでしょ?
「ご、ごめんなさい、この出来の悪い成金女をちゃんとしつけるのが年長者の務めと思いまして……」
莉緒さんも返す刀が凄い。
出来の悪い成金女って。
「「……」」
そしてお互いにまた無言で笑顔を浮かべあわないで?
女性同士の無言の笑顔めちゃくちゃ怖いから。
「──さっきから二人して正妻正妻って自分たちのこというけどさー……実際今のところ一番正妻感あるの白石先生じゃなーい?」
「「「え?」」」
橘さんや、いきなり何を言い出すの?てか何を言おうとしてらっしゃる?
「だってキョウ君と白石先生結構デートしてるし、この間もデートしてたでしょ? その時二人でお風呂入ったりしてゆっくりしてたらしいしー……それってもう私たちみたいにデートだからどこか行くっていう関係じゃないってことじゃない? 二人でいれる時てリラックスしたい……みたいな?もうカップル超えてちょっと夫婦感ない? だから関係進んでいるのは白石先生じゃないかなぁ……って思ったり思わなかったり?」
一番爆弾ぶっこんでくるじゃん。
抗議の目線を送るもそ知らぬふりをしてくる橘さん。
前と横をみるのが怖すぎる。
「ぽっと出の分際で……」
「あ、彩香がそんな……嫌──でも待って」
ほら二人の反応がもう怖い。
しかもこれの何がたちが悪いかって、俺と彩香さんの会話は橘さんの虐待に関しての相談だった。
つまり橘さんがいるこの場では何も弁解ができないってことになるわけで。
「……そこまでお二人の関係が進んでいるとは想定外でした」
「あ、彩香がまさかそこまでえ……え、やっぱこれNTRってやつじゃないこれ?はぁ……はぁ」
ひとまず二人の諍いは収まったっぽいけど……今度ヘイトが俺に向いたよね。
「恭弥さん、こないだのデート白石先生と何をされたのかお話してくださらないかしら?」
「御主人様、私もそれ聞きたいわぁ……どんなことをしたのかなぁ?」
前と横から氷の微笑に挟まれる俺。
こういうときだけ結託してくるのやめてもらえます?
俺に出来るのは黙秘だけになるから。
「今後の参考にもなりますし」
「どんな秘密があるのかしら?私気になって眠れないわ御主人様、ねぇ?」
肩をつかまないで?莉緒さん。
秘密はある、あるんだけど俺らのことじゃないから、秘密橘さんのことだから!
ここでしゃべれないから!
「「ねぇ教えて?」」
なんでこんな時に花咲凛さんはいないかなぁ?
この場にいたら助けを求められるのに……いや助けを求めても花咲凛さんは助けてくれないな。
絶対【女性の敵ですねご主人様……あと私も怖いので助けることはできません、私まだ死にたくないのです】とか言って助けてくれないやつだ。
彼女の返答が目に見えすぎる。
花咲凛さんは基本【長い物には巻かれろ】スタイルだからなぁ。
現実逃避をしてもしょうがない。
目の前には3人の美女。
やばい……なんかご飯の味を感じなくなってきた。
────────────────────────
「ひ、酷い目にあった」
誤解を説くのにすごい時間がかかった。
あれだけ莉緒さんと紗耶香さん二人で言い争ってたのに、俺を問い詰めるときだけは二人して結託するんだから女性ってすごいよね。
連携が良すぎた……できれば俺を問い詰めるとき以外に発揮して欲しい。
「あ゛ぁ……ぎもちぃぃっ」
ストレスを感じた心身で湯船につかるのは最高に気持ちいい。
今日は一段と疲れた……あれなんか最近毎晩思ってないかこれ。
やめやめ考えるのやめー。
少し熱めに設定したお湯へと疲れが抜けていく。
そういえば最近花咲凛さんと入ってないなぁ。
こういう時入るとよりいいんだけど……。
……いやこれからもすることがありそうだし、より疲れがたまってもしょうがないか。
二人で入るとなんだかんだ息も絶え絶えになったりするし。
30分ゆっくりとお湯に浸かってから、お風呂を出る。
夏場ということもあってお風呂を上がってもまだ体は火照ったままだ。
タオルだけを巻いて部屋へと出る。
部屋の電気は暗くなっていて甘い匂いもする……部屋の明かりをつけたままお風呂に入った気がするけど、思い過ごしか?
正直疲れてたらうろ覚えだけど。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲む。
お風呂上がりに飲む水は、喉が潤って最高に美味しい。
「あぁ……うまぁぁ」
ふとそこで、ベッドに誰かいるのに気づいた。
暗い部屋で誰かは判別つきづらいけどまぁいるのは花咲凛さんだろう。
この部屋に入れる鍵持ってるの花咲凛さんだけだし。
背格好も一緒だ……まぁ花咲凛さんにしては少ししおらしい気がする。
ベッドの上でちょこんと座っているし。
普段の花咲凛さんなら俺がお風呂あがるのに気づいたらすぐに俺の方へ寄って来る。
今日はそういう趣向なのかもしれない、しおらしい系の。
少しの違和感を抱きながらも、ベッドの方に。
ちょうど俺もタオルを巻いただけだし都合がいいっちゃいい。
「かざ……」
肩を抱こうとして気が付いた。彼女の肩が微妙に震えている。
よくよくみれば髪も花咲凛さんより短い。
肩くらいまでしかない黒髪。それに目鼻立ちも似てはいるけど微妙に違う。
花咲凛さんほど釣り目じゃない。
お風呂上りなのか、いつもは外にはねている髪もまっすぐになっている。
見るからにお風呂上がりだ。彼女もバスタオルで身体を覆っただけだった。
「な、何してるの?瑞麗さん」
出そうとした手を引っ込めようとして彼女に手をつかまれ、そのままベッドへと引っ張られる。
見た目上は俺が押し倒したような形になる。
ベッドの上は部屋で嗅いだ甘い匂いがより濃厚に充満していた。
意識が飛びそうになり、すべてがどうでもよくなる。
このまま彼女の柔肌を味わいたい、襲いたい、理性が役に立ちそうにない。
それでもギリギリのところで踏みとどまる。
手をついたその拍子にとろんとして潤んだ彼女の目が見えた。
その表情はあまりにもこちらの情欲を搔き立ててきて…………
「キョウ君…………抱いて?」
────────────────────────
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回の話よりサポーター様向けに、1話分先行公開することといたしました。
なので投稿された時には来週分の134話が近況ノートでお読みいただけると思います。
もちろん今読んでいただいている方もいつも通り、1週後にはお読みできる形ですので、そこは今までとなんも変わりません。先読みができるだけです。
こうしたのは長年サポートしていただいている方に何もできてないなぁということで先行公開を導入しました!
続きが気になりすぎる、という方はそちらを導入いただくのもありかもしれません笑
(無理はしないでください)
今後もSSみたいなものもサポーター様向けに書く予定です。どういった話が読みたいかなどあれば気軽に感想ください!
では次回134話「錯乱と狂騒」
いつも読んでいただきありがとうございます!
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@KakeruMinato_
ではまた次回。
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