第31話 「女子話」
「どうだった〜?どこ行ったの〜?楽しかった〜?」
橘さんからの矢継ぎ早な質問。
うーんなんて答えるべきか。
いやここは素直に答えよう。
「楽しかったよ!」
「そうなんだ〜、そりゃよかった!あれ、どこに行ったんだっけ?」
「美術館とかに連れてってもらったかなぁ……あ、知ってる?宝生さん運転とても上手なんだよ」
「……普通ですよ」
俺がほめたのを、宝生さんがあっさりと否定する。
「ほぇ〜、じゃあ今度学校に乗っけてって貰おうかなぁ」
「やめなさい学校に車で登校しようとするのは。学校の前に車を停めるのはダメなんだから、それで保護者によく注意してるんだから」
「というかそもそも私大学には車で行ってないので送れませんよ」
「えー残念、楽できると思ったのになぁ」
とか言いながら橘さんのご飯を食べる手は止まらない。
顔も美味しそうなままで、言葉とは裏腹に、これっぽちも残念そうじゃない。
「若いんだからちょっとくらい歩きなさい、健康のためにも」
「わたしぴちぴちだもーん」
「……私もそうだけど歩いてるわよ?」
「…………そ、そうだよね!歩けるよね!」
なんか一瞬の間があったな。
「……なーにその間はぁ」
秋月さんが今日初めて笑った、それはもうにっこりと。
そして今日初めて、橘さんの箸が止まった。
「あ、ミスった」みたいな顔でひや汗を流している。
「そ、そろそろ出かけたほうがいいんじゃない? ほ、ほらいい時間だよ?」
「私、教育には時間に暇をかけない主義なの、だからちゃーんと教えてあげるわ?」
「わー、優しいなぁ……でも今は宝生さんのデートの感想を聞きたいかも?」
甘いな、橘さん。
もう今の秋月さんは自分が年増だと言われたことにしか目が向いてない。
そして、嫌いな俺のデートになんて微塵も興味もあるわけが……
「……でもまぁそれは興味あるわね」
あるんかい。
うわーその話題には触れてほしくなかったなぁ。
昨日のデートのあと、宝生さんには追い打ちをかけちゃったからなぁ。
「……はぁ私の感想ですか」
心底いやそうに、こちらに顔を向ける。
「まぁその顔を見たら大体わかるけど、一応聞かせてよ」
うわぁもう聞きたくない。
無言でご飯を食べてるけど、もう部屋に戻りたい。
でもこの空気の中、戻れない。
「そそ。次は私たちがデートをすることになるからその参考にね」
「そうねー、変におさわりしてこないか、とか覗いたりしてこないのか、とかね」
ちらりとこちらをからかうようににやりと笑う。
「いやだからそれは誤解で……」
「うーんそうですね~、まぁとりあえずはおさわりとか覗きとかはされなかったわです……まぁそもそもそういう場面がなかったということもありますけど」
「えー、いがーい」
「意外じゃないよ?俺そんなことしないよ?」
あまりにも俺に対して辛辣じゃないかな?
俺のイメージどうなってんの?
「いやぁだって私の裸見てきたしぃ」
もじもじとしながら米を食べている。
でも口元は少し笑ってる。
からかっているのは分かるわかるが、しかし俺としては事実なため、ぐうの音も出ない。
「……それはごめんなさい」
「だめよ、たとえ思ってても本人いるんだから、いないときにいわないと」
それはもう陰口ですよ、秋月さん。
「ごめんなさーい」
「デート自体は美術館とかに行きましたね」
「男性とのデートで美術館かぁ、なかなか大胆なことしたわねぇ」
「ねー」
やっぱそういう認識なんだな、美術館デートって。
「で、どうだったの彼とのデート?」
もうめっちゃ聞くじゃん、中身について。
ぐいぐい来る、これが女子か。
「そうですね。デート自体は私のことを尊重してくれている感じがしましたし、普通に楽しかったです」
「……その割には、顔が真顔なのはなぜかしら?」
表情筋を微動だにせず、楽しかったといわれてもねぇ。
宝生さん以外の全員の顔が思わず引きつる。
「……ほ、本当かなぁ?」
「やっぱ嫌なことあったんじゃない?」
橘さんは首を傾げ、秋月さんに至っては、俺をにらむ始末。
そして俺も最後に機嫌を損ねていることはわかっているため、何とも言い難い。
「……あのまぁ気を使って、無理して楽しかったって言わなくてもいいよ?」
挙句に俺も宝生さんに謎のフォローをする始末。
「と本人も言っていることだし、ね?」
「いえ本当に楽しかったですよ、私の話も聞いてくれますし、尊重してくれますし」
さっきも聞いたなそれ、ロボットなのかな?
「……じゃあ真顔なのはなぜ?」
うんうん、と全員がうなずく。
「ああ、これは別件ですねちょっと癇に障ることがありまして……」
「……なるほど?」
「ええ、ですからデートするときは安心してお好きなところをお選びになったらいいと思いますよ?」
コーヒーを優雅に飲み干し、台所へ。
そのまま部屋を出ていこうとして、「あ、言い忘れてました」と彼女が振り返る。
そこには飛び切りの笑顔。
あ、いやな予感。
女性のああいう笑顔はもうなんか怖い。
年増って言われた、秋月さんみたいな表情してるもの。
「彼、ちょっと人の触れられたくないところまで触れようとしてくるのでそれだけは、注意してくださいね?」
それだけ言い残して、そのまま2階へ上がっていく。
対して残された俺はというと、もう橘さんと秋月さんによる針のむしろ状態。
「……さて、と」
「……ねぇ」
二人の視線がこちらを向いている気がする。
というか向いている。
俺の目には目の前の朝食しか見えないけど。
「さーておれもいったん部屋に」
がしっと誰かに腕をつかまれた。
「ねぇ?」
「ちょいちょい?」
後ろを向けば、椅子に抑えつけるようにして二人が立っている。
「ちょっと話を聞かせてみてよ、お姉さんたちに、さ」
「お姉さんはここには一人じゃ……」
「……今私を年増扱いした?」
「いえしておりません」
事情聴取が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます