怨恨のカノン

哀寂涙

1章 プレリュード

第1話 夢

「ホ短調 革命。」

彼は弦をはじく。

怨霊と化した彼の術式が放たれる。

無数の音符が漆黒の空を埋め尽くす。

1秒間におよそ500個。

途切れることのない滑らかな旋律が私を襲う。

「烈風。」

刃を横に振るう。

私は風の塊をいくつも放ち迎撃する。

が、全部はさばききれない。

致命傷を避けるように攻撃を流す。

そして、回復術式を使い、すぐさま攻撃態勢に入る。

「疾風。」

私は一瞬で彼の背後に空間操作(テレポート)して切りつけようとする。

一瞬の隙をつくしか彼を止める手段はない。

が……

「リタルダント。」

時間の進みが格段に遅くなる。

およそ100倍に拡張される。

切りつけるまでにかかる時間はおよそ0.1秒。

つまり、10秒に拡張される。

それだけあれば、私を迎撃するのには十分すぎる時間だった。

彼が弦をはじく。

「ハ短調 月光。」

レーザービームがすぐそばから放たれる。

彼のすぐ背後に回っているからその距離はほぼ0。

「空間操作(テレポート)。」

その場から離脱しようとする。

が、もちろん間に合うはずがない。

放たれた4本の光が命中する。

焼けるような痛みが体に走る。

そのまま、私は地上へと落ちていく。

ゆっくりと。成す術もなく。

皮膚が焼け、ただれている。

所々ひび割れている。

私は回復術式を使おうとするが、もうそんな力は残っていない。

これ以上は戦えそうにない。

ここまでなのだろうか?

私じゃ彼は止められないのだろうか?

「これがフェイズ-1(インバース)怨恨旋律(グラッジ・メロディー)……」

今までの怨霊とは比べ物にならない。

負の霊力の量が全然違う。

これが神の領域なのだろうか?

それでも彼を止めないと……

何を犠牲にしてでも……

必ず止めて見せる……


ピピピピ……ピピピピ……

目覚ましの音が鳴る。

眠い目をこすりながら、目覚ましを止める。

夢を見ていた気がする。

黒い髪。

赤い瞳。

左目はその髪で隠れている。

首には黒いクローバーのネックレスがついている。

黒いクローバー状のオーラをまとった、漆黒のハープを奏でる怨霊と戦う夢。

その怨霊の周りには要塞らしきものが存在した。

しかも、相手は怨恨旋律(グラッジ・メロディー)。

この世に4体存在すると言われるフェイズ0のうちの一人。

私でも知っている有名な怨霊である。

殺された人間の数は数十万。

フェイズ0の中でも最悪の怨霊と恐れられるぐらい凶悪な相手だ。

漆黒のハープから無数の漆黒の音符を放って攻撃することからそう呼ばれるそうだ。

これは予知夢なのだろうか?

あれだけ絶望的な戦いを強いられる日がくるのだろうか?

それにフェイズ-1(インバース)?

何それ、美味しいんですか?

美味しいなら一度食べてみたいです。

聞いたことのない単語が頭のどこかに引っかかる。

それに気のせいだろうか?

どこかで彼の姿を見た気がする。

そんなもやもやした気分だが、今日は特別な日である。

遂にこの日が来た。

私がずっと楽しみにしていた日である。

そう、新しい司令官が来る日だ。

どんな人なんだろう?

頼りになる人がいいな。

高まる感情を抑えながら、服を着替える。

長い黒髪を整え、食堂へと向かう。


食堂に着いた。

「おはようございます。」

入るとすぐ、そう私に話しかけてきてのは瑠璃(るり)だった。

青い髪。

青い瞳。

その髪はサイドテールに束ねられている。

「おはようございます、瑠璃さん。朝からお疲れ様です。いい匂いですね。お腹空いてきました。」

「もうすぐできますから少し待っていてください。」

「はーい。」

私は勢いよく返事をする。

「そういえば、今日新しい司令官がいらっしゃる日ですよね。」

瑠璃がそう聞いてくる。

「そうですね。」

「どんな方なんでしょうか?」

「十六夜欠(いざよいかける)さん。白髪に青い瞳のちょっと幼そうな人です。」

私は知っている情報を伝える。

「両親が海外の方だったりするんですかね?」

「さあ、分からないです。家族構成については何も載っていなくて……でも、私たち巫女からすれば全然珍しい容姿ではないと思いますが……」

「そうですね。私も青い瞳ですし。」

「それより、普通家族構成って載ってますよね?」

彼女は不思議そうに聞いてくる。

「そうですね。私もAAIに情報は開示していますし。載っていたはずです。」

「私もそうです。何か事情があるんでしょうか?」

「何かありそうですけど分からないですね。」

私は疑問に思いつつも飲み込む。

「ちなみに特技研から来るみたいです。」

「特技研?」

彼女の顔色が変わる。

一気に表情が強張る。

何か地雷を踏んでしまったか?

「そうですけど。何か?」

「何でもないです。忘れてください。」

彼女は平生を装いそう言う。

「そう言えば、迎え何時ですか?」

彼女は話題をそらすように私にそう聞く。

「13時渋谷です。」

「あんまり司令官困らせないでくださいね。」

彼女がいつものように私にそう忠告する。

「何のことですか?」

全然心当たりがない。

「胸に手を当てて聞いてみたらどうですか?」

彼女はそう言う。

私は言われたとおりにしてみる。

が、やはり全く心当たりがない。

私は首をかしげる。

「食べ物のことに決まっているじゃないですか。」

彼女は苦笑いしながら、そう答える。

「瑠璃さん、酷いです。私のことそんな風に思っていたなんて……」

私は少し落ち込んだ顔でそう言う。

「いや、昨日だって勝手につまみ食いして……おかげで今日の朝食の材料なかったんですから。朝から買いに行くはめになったんですから。」

彼女が少し怒った顔でそう言う。

「ごめんなさい。」

私は申し訳なさそうにそう謝る。

「本当に食べ物のことになるとおかしくなるんですから。普段はしっかりしているのに。」

彼女が呆れたようにそう言う。

「以後気を付けます。」

私はそう言って謝罪する。

「本当に頼みますよ。」

「はい。」

私はそう勢いよく返事をする。

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