果てなき勇者の冒険譚。
祐一
序章
第1話
薄暗く明かりも乏しいがきちんと手入れがされている地下道、そこにある少しだけ開けている空間に立っていた黒髪の青年は静かに息を吐き出すと、上着のポケットの中から小さな端末を取り出し慣れた手付きで操作を始めた。
「……こちらロス。第一エリアの調査及び生息してたモンスターの討伐完了。今回の依頼はコレで終わりって事で良いんだよな?」
ロスと名乗った青年がそう声を掛けると、端末の画面に映っていた女性がニコリと微笑みながら小さく頷いた。
『はい、お疲れ様でしたロスさん。ふふっ、やっぱりロスさんにはこの程度の依頼は簡単すぎましたかね?』
「ハッ、否定はしねぇな。まぁ、だからってそっちの仕事をこれ以上こっちに回してくるのは止めてくれよ。面倒で仕方がねぇからな。」
『さぁ?それについてはご期待に添えるかどうかは分かりません。だってロスさんはとっても優秀なんですから。』
「おぉ、こりゃまた分かりやすいお世辞を……さてと、それじゃあ仕事も終わった事だしそろそろ引き上げさせてもらうと……ん?」
『ロスさん?どうかなさったんですか。』
「あぁいや……チッ、なんでこのタイミングで面倒事が増えやがるんだ。」
出入り口まで続いている通路の向こうから響いて来る微かな足音に対して不快感を隠す事も無く眉をひそめたロスの顔を見ていた女性は、スッと目を細めていった。
『ロスさん、もしかしてここに入った後に鍵を掛け忘れたんですか?私、言いましたよね。一般の方が入り込むと危険だからきちんと』
「はいはい、お説教はまた後で聞かせてもらうよ。」
『あっ、ちょっとロスさ』
パタンと折り畳んだ端末を見つめながら苦笑いを浮かべたロスは、静かにため息を吐き出しながら反響するように鳴り響く音に耳を傾けた。
(足音の感じからして数は5、6人って所だな。ただ迷い込んで来ただけなら一緒に引き返せば良いだけなんだが、それだけで終わりそうにねぇ展開になりそうだな。)
「待ちなよー!こんな所に居たら危ないよー!」
「そうそう!俺達と一緒に戻ろうぜー!」
「この先は行き止まりだぜ!逃げても無駄だっての!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………あっ!」
男達の声を耳にしながらロスが静かに見つめていた通路の先から姿を現したのは、この場に似つかわしくない高そうな服を身にまとった髪が金色の若い少女だった。
少女は視線の先にたたずんでいるロスに驚きの声をあげて立ち止まったが、すぐに足を動かし始めて逃げ場のない部屋の端へと向かって行った。
「だーかーらー!ここに逃げ込んだ時点でもうゲームオーバーなんだって!」
「そのとーり!まぁここに逃げ込んでくれたのは俺達にとっちゃ超絶ラッキー!って感じなんだけどねー!………あぁん?」
「……はっ?誰アイツ?」
少女を追い掛けて来たガラの悪い男達から一斉に睨み付けられたロスは、ため息を盛大に吐き出しながら渋々と言った感じで一歩前に踏み出していった。
「えーどーもどーも、俺はついさっきまでここで魔物討伐をしていたただの一般人でございます。すみません、何やらお取込み中の所にお邪魔してしまったみたいで。」
「魔物討伐だぁ?って事はテメェ、自地警団の奴か?」
「んーまぁ当たらずとも遠からずって感じだな。」
「はぁ?なんだそりゃ?……まぁ何でも良いわ、アンタ、悪いだけど黙ってここから消えてくれねぇかな。痛い目に遭いたくなかったらさ。」
「痛い目……って言うと?」
「おいおい、わざわざ説明しなきゃ分かんねぇのか?……こういう事だよ。」
「……ワーオ、分かりやす過ぎて涙が出そうになるなこりゃ。」
ニヤニヤと笑っている男達の手に握られている細長い棒状の武器に目を向けながらロスが肩から掛けていたバッグに手を入れようとした直後、少女が男達とロスの間に割り入るようにして走ってきた。
「ま、待って下さい!この人は関係ありません!」
「へっへっへ、そいつを決めるのはソイツとお嬢ちゃん次第だぜ?」
「ソイツを無事に家に帰したかったら黙って俺達について来りゃいいんだよ!大丈夫だって!悪い様にはしねぇからさ!まぁ?ちょーっと俺達と一緒に遊んでもらったりするけどな!ひゃっはっはっは!」
「っ!」
(……やれやれ、そんなに怖いってんなら大人しくしてりゃあいいものを……)
下品な笑い声を浴びながら小さく肩を震わせている少女の後姿を見ていたロスは、少しだけ口角をあげながら一歩二歩と進んで行き男達の前に立ちふさがった。
「ん?なんの真似だアンタ。もしかしてソイツの心遣いを無駄にするつもりか?」
「あぁ、本当に心苦しくて仕方がないんだがその通りだ。俺はこういった根性のある奴が嫌いじゃねぇんだよ。だから……コイツを護る事にした。」
「ハッ、護るだって?おいおい冗談キツイっての。まさかとは思うが、たった一人で俺達を相手にするつもりか?」
「……そのまさかだ。」
ロスの言葉を聞いてニヤニヤしていた男達の表情が少しずつ変わっていき、瞳には明らかな敵意が宿り始めていた。
その姿を目にした少女は慌てた様子でロスの前にやって来ると、不安と恐怖の入り混じったような複雑な視線をぶつけてきた。
「だ、ダメです!一人でなんて危険です!こ、ここは私が!」
「大丈夫大丈夫。とりあえず巻き込まれると危ねぇからあっちの方に行っててくれ。おっとそうだ、悪いんだけどコイツを持っててくれると助かる。」
「あっ」
有無を言わさず肩から掛けていたバッグを手渡された少女は戸惑った様子を見せてその場に立ち尽くしそうになっていたが、少しして言われた通りに部屋の奥の方へと移動していくのだった。
「随分とカッコつけるじゃねぇか。すぐに無様な姿を晒しちまう事になっちまうって言うのによぉ。」
「それはどうだろうな。人生、何が起こるか分からないもんだぜ?お前達もこれからそれを嫌って言うほど体験する事になるだろうよ。」
「ハッ、舐めた事を言ってんじゃねぇよ!!死ねやオラァ!!!」
「残念、俺は死ねないんだよ。」
「なっ?!いって!いでででで!!は、離しやがれこの野郎いででででっ!!!!」
そう言って先陣を切って突っ走ってきた男が勢いよく振り下ろした棒を軽く避けたロスは一瞬にしてその腕を捻り上げると、ニヤッと笑いながら後に続こうとしていた男達に目を向けながらこう告げた。
「さぁ、次は誰の番かな?」
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