case.3
夜も更け、深夜零時も過ぎ、周りはすっかりと静まっていた。
聞こえてくる虫の音も、少なくなって、草木も眠る時間に差し掛かろうとしていた。
そんな中で、未だ旧校舎内を彷徨うように、一葉達は手元の懐中電灯の明かりのみを頼りに、中央階段へと移動していた。
≪検証5≫中央階段の13段目を踏み外したり躓いたりすると、死神に呪いを掛けられる。
皆が今まで以上に緊張しているのは、誰もがわかっていた。
なぜならば、ここ最近、事故や怪我をしたという事例が多く出ている場所がここなのだ。
「自分から検証しようって言ったんだから、そりゃもちろんやるよな?」
「………はい。やらせていただきます…」
和也のその言葉に反論することも出来ず、結局ここは由宇自身が検証を行うことになった。
恐る恐る中央階段に足を掛け、1.2.3.と数を数え、13段目を踏んだところで一度止まり、その足を思いっきり滑らせ、転ぶような体勢になった。
手すりにすぐに掴まったので、転倒はしなかったものの、これで、“13段目を踏み外した”ということにしたのだろう。
あとは、その後に何が起こるか分からないので、またしばらくそのまま待って、様子を窺った。
けれど、やはり何も変化は起きなかった。
「う~ん、何ともない…か?」
「まだわかんないぞ。時間差でくるかもしれないだろう?」
「ちょっとちょっと、そう言うのヤバいからやめてくれる!」
「なんだよ、ビビってんのか」
「ち、違うわ!別にビビってなんか………って、ん?」
その時、由宇は何かに気付いて、後ろを振り向く。
しかし、後ろには誰も居ない。
「あれ?おかしいな…」
「どうしたんだよ?」
「いや、今誰か後ろに居たような」
「何言ってんだよ、誰も居ないじゃんか。気のせいじゃないか?」
「う~ん…。何だったんだ?」
不思議そうに首をひねる由宇に、和也は「とりあえず、今日はもうこれくらいにしよう」と言い、皆が頷き、各に撤収の準備を始めた。
職員玄関まで戻ってくると、ほっと一息つき、一葉はスマホの画面を見て時刻を確認する。
時刻は午前1時過ぎ。
さすがに、遅くなりすぎた。
もう両親が帰宅しているかもしれないと、心配して。
急いで帰ろうとした時だった。
「あれ?扉が開かない…」
何故か玄関の扉が開かず、思いっきり押したり引いてみたが、びくともしない。
入った時はすんなりと開いたはずの扉が、まるで鍵でも掛かったように、開かない。
「ちょっと、ふざけないで」
「ふざけてないよ。本当に開かないんだって…」
「マジ?ちょっと退いて?」
由宇が代わりに扉を開けようとしたが、やはりびくとも動かず、困惑した。
「うそ、だろ…?なんで開かないんだよ…?」
「おい、マジか?」
一葉と和也も加わって、3人で開こうとしても、扉は全く開かない。
「閉じ込められた…?でも、なんで?」
「入ってきた時は、簡単に開いたのに…。何か引っかかってないか?」
「いや、何もない。鍵も掛かってないぞ?………どういう事だ?」
みんなが困惑した顔をしていると、どこからともなく現れたのか、先ほどの黒猫が二葉の足元にすり寄っていた。
「………やっぱり、そうなの?」
「え…?どういう事だよ、二葉?何がやっぱりなんだ?」
「………」
俯く二葉に、一葉が視線を合わせるように屈み、「何かあるのか?」と問い掛けるが、二葉は無言のまま俯いていた。
皆が不安に戸惑ってる中、黒猫は嘲笑うかのように喉をゴロゴロ鳴らしながら、二葉の足元を彷徨き、時折、「ニャー、ニャー」と鳴いて、クンクンと匂いを嗅ぐと、どこかへと歩き出した。
と思うと、黒猫はぴたりと立ち止まり、こちらへ向き直る。
そしてまた廊下の奥へと歩き出した。
「…そっち?」
「え?二葉、どうしたんだよ。何処行くんだ?」
急に歩き出した二葉に、一葉は声を掛けるが、二葉はそのまま黒猫の後を追い、廊下の奥へと歩いていく。
「ちょっと待てよ、二葉!」
「二葉ちゃん?どうしたの?」
和也たちも二葉の異変に気付いて、慌ててみんなが後を追う。
黒猫はまるで誘うかのように、歩いては振り返り、また歩いては振り返りながら先を進んでいる。
その姿を見ながら、二葉は何かに気付いたのか、必死に後をついていく。
一葉達もそれに気付き、はぐれないようにその後を追う。
そして辿り着いたのは、図工室の前だった。
「図工室…?何でこんな所に」
和也が呟きながらも、黒猫と二葉の後を追っていくと、図工室の奥まで来ると、黒猫は立ち止まった。
そして、山積みにされている画材道具をガサガサとよじ登り、その向こうに“あるモノ”をみて、また「ニャー」と、鳴いた。
「あっ!あれ!扉じゃない?」
「マジか?!」
みんなが懐中電灯の明かりを山積みになった画材道具の奥を照らすと、確かにそこには扉の一部が見えた。
「こんなとこに、扉なんてあったんだ」
「モノが多くて見落してたのね。とりあえず、一つずつどかしていきましょう。今は外に出ることが優先よ」
愛依の言うように、まずは外に出ることを考えなければいけない。
みんなでひとつずつモノをどかしていって、扉の前を片付けていった。
そして何とか扉を開けられるくらいには片付いた時。
「ニャーオ…」
見守っていたかのように留まっていた黒猫がまた鳴き、扉をカリカリと前足で掻いていた。
「ちょっと待てよ、出たいのはお前も一緒だったってことか?」
黒猫に話しかけ、糟屋が扉の前に立つと、内側の鍵を外し、扉を開けた。
その先は非常通路用に舗装された通路があり、裏山を切り崩して作ったと思われる、拓けた場所に繋がっていた。
「ふー。とりあえず外には出られたモノの、正面に戻れるんだろうな?」
「非常用の通路なんだから、きっと繋がってるはずよ。ともかく、早く出ましょう」
足元を確認しながら、全員が外に出た後、ふと、二葉が何かを思い出したかのように、声を上げた。
「あれ…ない」
「どうした?何がないんだ?」
「ブローチ…この子の胸にあったはずのブローチが、なくなってる…」
「ん?あ、本当だ…どこかに落としたのかな?」
「………」
二葉がいつも持ち歩いている、ウサギのぬいぐるみ型のバッグに付いていた、ブローチが、いつの間にか外れていたと言うが、今はもう戻る気もしないので、また日を改めて探しに来ようと言って、その場を後にした。
そして皆が旧校舎の正面に向けて歩いていく後ろ姿を、また見守るかのように見つめていた黒猫は、くるりと向きを変え、旧校舎の中へと戻っていく。
やがて、とある場所まで黒猫がやってくると、立ち止まり、「ニャーオ」と一声鳴くと、何者かの手が、その頭を撫でた。
『お疲れ様、ありがとう』
その人物が優しく声を掛けると、黒猫はゴロゴロと喉を鳴らして、その手にすり寄り、そしてまるで風に消えるかのように、影となり、消えた。
『今回は様子見だけだったけど、次はどうかしら、ね…』
そう囁くと、手にしたモノを掲げ、クスクスと笑った。
それは、二葉が落としたと思われるブローチ。
そして、その人物に瞳が、きらりと光っていた。
その後、無事に家に戻った一葉達は、先に帰ってきていた両親に怒られてしまったのだった。
そして夜は明け、5月1日の朝。
学園の生徒たちが登校する中で、一葉と和也は眠気をかみ殺しながら、自分たちの席に座っていた。
そこへ、眠気なんて全く感じさせることのない由宇が登校し、慌てた様子で二人の方へと駆け寄ってきた。
「おはよ!なあ、昨日のことなんだけどさ、ちょっと気にあることがあるんだけど、これみてみ」
そう言い、差し出してきたのは、昨日由宇が持ち歩いていたデジカメ。
あの時も相変わらず、適当に写真を撮っていたようだったが、何書きになる者でも移っていたのか、一葉達はデジカメのデータを確認していると…。
「え…?何だよ、これ…?」
自分たちが映っているものに、何故かその後ろに黒い影のようなものが、映り込んでいたのだった。
「何かわかんないけど、すげー映ってるじゃんか!」
「そうなんだよ。あの時、他に誰も居なかったはずなのに、影だけが映り込んでてさ。しかもこれ、霊の中央階段の後に撮ったモノばっかりなんだぜ」
「え?マジで?」
そう言われて確認すると、確かに最初の方のデータには、自分たち以外に何も映り込んではいない。
中央階段の検証を終えた後に撮ったモノにだけ、影が映り込んでいるのだった。
「本当だ…何なんだ、これ?」
「そういや由宇さ、あの時、一瞬後ろに振り返っただろう?その時に写真撮らなかったか?」
和也が思い出したかのように、由宇に言うと、由宇は頷き、無言でデジカメを操作した。
そして、ある写真データを表示させると、皆の顔が青ざめた。
それは、中央階段を去る時に撮ったモノだったが、何故か全体に赤黒い光が覆っているのだった。
さらに、画面の下側に、人の頭のような影らしきモノまで、映り込んでいるのだった。
「これ…ちょっとヤバくないか?」
由宇の呟きに、愛依は徐にタロットカードを取り出し、机の上でランダムに混ぜ合わせてから、一枚だけ引くと、塔の逆位置が出たのだった。
「『塔の逆位置』突然のアクシデント、もしくは災難に遭う…」
「ちょっとちょっと愛依様、こういう時に冗談は…」
「冗談で引いてなんかないわよ!これは、何かの警告かもしれないわ。皆、とりあえず注意して行動して。いいわね?」
愛依の言葉に無言のまま頷くと、チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。
そして朝のホームルームを終えて、担任が教室を出かけようとした時、一葉達を呼び止めた。
「もしかして、学校に連絡された?」
由宇がぼそっと呟くと、実際に担任から、今後このようなことは一切しないことと言われ怒られたのだった。
結局、反省文を書かせられることになった一葉達は、放課後に原稿用紙に向き合っていた。
そんな中、由宇たちといつも連んでいたクラスメイトが、興味津々に話しかけてきた。
「なぁ由宇、マジで旧校舎に忍び込んだって?」
「で?で?どうだった?何か収穫あったか?」
「うるせー!…別に何も収穫はねーよ」
「え~マジで~?」
望んだ返事が聞けなかったことで、落胆するクラスメイトを追い返し、何とか反省文を書き終えた由宇たちは職員室へ用紙を持っていくと、何やら教師たちが慌ただしくしていた。
何かあったのかと担任に問い掛けると、「丁度良かった!こっち来い!」と呼び止められた。
「神成、黒瀬、お前らの弟妹が事故に遭ったらしい。詳しい情報が入り次第、病院に向かうから、ちょっと待ってろ」
「っ…あの子達が…!?」
「落ち着け。軽傷みたいだって言うから大丈夫だ。とりあえず、奥で待ってろ!」
そう言って担任は他の教員に話をし、病院からの連絡を待った。
「まさか…二葉たちが…?」
「大丈夫よ。皆、軽傷だって話だから、たいしたことはないと思うけど…」
不安を隠せない2人は、互いに落ち着いて待とう、と、声を掛け合い、話を聞いていた和也と由宇も、心配になり、一緒に残ることにした。
それから数分後、病院から連絡が入り、担任は皆を連れ、車を走らせた。
「何も、お前たちまで付いて来なくても良いんじゃないか?」
運転しながら、後部座席にいる由宇たちをバックミラーで見ながら話しかける担任に、由宇は「だって心配だもん」と言うと、やれやれといった表情で、「静かにしてるんだぞ」と注意して、病院へと急いだ。
病院に着き「七星学院の教員です」と告げると、救急室前の待合所へと案内された。
そこには、事故に巻き込まれたであろう、数人が、手当を終えて迎えを待っていた。
その中に、二葉と梨音、那音の姿を見つけ、一葉達は思わず駆け寄った。
「二葉!大丈夫か?」
「梨音!那音!」
愛依は2人に駆け寄り、思い切り抱きしめると、「愛依姉、苦しい…」と梨音が呟く。
どうやら梨音も那音も、目立った怪我はなく、膝を擦り剥いた程度だった。
二葉も、たいした怪我はなく、手の甲を擦り剥いた程度だった。
「良かった…二葉。たいしたことなくて…」
「………」
「ん?どうした?」
無言で服をぎゅっと握ってくる二葉に、何かあったのかと聞くが、一向に返事がない。
ただ、俯いたまま、握り締めた手が震えているのに気付いて、一葉は二葉に小声で問い掛ける。
「また、何か“視えた”のか?」
「………」
その問いに、二葉は無言のまま、頷いた。
二葉に隠された秘密。
それは、他人には見えない“何かを視る事が出来る力”があることだった。
もちろん、由宇たちはこの事を知らない。
もし教えたら、興味本位で、いろいろと扱き使われそうだし、何よりもその“力”で悲惨な思いをしたこともあった為、尚更、人には言えなかった。
―――もう二度と、あんな思いはしたくない。
そう思い、二葉の手をそっと握り返した。
その後、状況を学校へ報告していた担任と、和也たちと合流し、担任の車で各自の家まで送ってもらえることになった。
家に着くと、連絡をもらったのか、母親が家で待っていて、二葉の無事を確認すると、「良かった」と胸をなで下ろしていた。
父親も足早に帰宅し、それから、夜のニュースで事故のことが報道されているのを見た。
報道によると、事故を起こしたのは中年男性で、突然車の操作が利かなくなり、気付いた時には歩道に乗り上げていたと証言しているらしい。
何はともあれ、けが人は多数出たが、死者が出なかっただけでも幸いだったと言っているが、タイミングが悪すぎる。
それに二葉が、何かが“視えた”ともあって、一葉は不安で胸がいっぱいだった。
それから連休が明け、5月7日の朝。
いつもと変わらぬ日常が過ぎていた。
生徒が事故に巻き込まれた件で、学院としては対策として、登下校時の見守りとして、通学路に職員を配置し、安全を呼びかけるようにした。
そしてその日は、何事もなく、誰もが無事に一日を終えると思っていた。
しかし、異変は少しずつ、確実に、すぐ傍にまで近付いてきていた。
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