case.2
月明かりが照らす風景は、何とも言えぬ寂しさを醸し出し、静寂に包まれた中、虫の声だけがやけに響いている。
その中で、古びたコンクリート作りの旧校舎は、まるで闇の中に浮かぶ白い廃墟のようだった。
夜も九時を回り、人気のないはずの場所に、ちらほらと灯りが灯っているのが見えた。
和也と由宇の二人が、先に来ていたようで、手にした懐中電灯が、灯っていたようだ。
「悪い、遅くなった」
「いや、俺たちも丁度今来た来たところだけど…。なんで二葉ちゃんもいるんだ?」
「本当は置いてくつもりだったんだけど、何故か付いてきたんだよ。でも、一人で寂しく留守番よりは、一緒に居た方が良いかなと思って」
「まあいいけど。でも、何かあったら、お前責任取れるのか?絶対はぐらさすなよ」
「分かってるよ。それより、愛依もまだ来てないみたいだけど、もしかして…」
「たぶんな。あいつらもきっと、同じだと思うぜ」
その後、愛依達が少し遅れてやってきた。
予想通り、愛依だけではなく、梨音と那音も一緒だ。
二人が何か言い合いしていて、愛依が静かに牽制しているようにも見える。
「ごめんなさい、ちょっと準備に手間取って…。ほらあんた達、皆に謝りなさい!」
「遅くなってごめんなさい…。梨音が、準備するのが遅くて…」
「何言ってんのよ?!那音だって、夕飯食べ終わるの、遅かったんだから!こっちが待ってたのよ!」
「こら、もう喧嘩しないの!ごめんなさいね。本当に準備に時間が掛かってしまって」
そう言いながら、愛依は皆に申し訳ないと謝っていた。
それにしても、まるで遠足にでも行くかのように、小さなリュックサックをしょっている愛依と梨音に、一葉達は一瞬疑問に思ったが、オカルトマニアの愛依とその妹・梨音は自称「史上最強の魔術師」と豪語している為、なんとなく予想は付いた。
「よし、これでメンツは揃ったな!早速検証スタートだ!!」
そう意気込んで、由宇を先頭に、僕たちは闇が蔓延る夜の旧校舎へと足を踏み入れた。
普段通っている新校舎から少し離れた場所にあるこの旧校舎には、何度か修繕工事の業者が入ってはいるモノの、古めかしく、そして何より、新校舎の脇にある裏山の中に建っている。
心許ない懐中電灯の明かりを頼りに、僕たちは雑草だらけの校庭を横切り、入り口へと辿り着いた。
児童用の玄関は鍵が掛けられていたが、職員用の玄関は辛うじて開いていた。
おそらく、修繕に来た業者が入れるようにしているのだろう。
この時だけは、運がよかったとさえ思える。
中に入って、早速由宇がデジカメで写真を撮り回っている。
まったく、本当にこんな場所を好んでは検証だの言って、結局たんなる興味本位なだけじゃないのだろうか?
そう呆れる一葉の横を、びゅう…っと生ぬるい風が通り抜けた。
「………」
ふいに、二葉が一葉の服の裾を強く握りしめてきた。
怖いのだろう。
そっと二葉の手をとって握り返し、「大丈夫だよ」と、安心させるように囁いた。
しかし、次の瞬間―――。
「にゃぁぁぁおっ!」
「うわっ!?」
突然、どこからか飛び出してきた猫が、足下を通り過ぎていった。
驚いて悲鳴をあげた那音を見て、梨音がケラケラと笑った。
「何驚いているのよ。ただの野良猫じゃない」
「だって…。急に出てくるから。ビックリしたんだもん…」
そんな光景も、普段であれば微笑ましいことだが、今は状況が状況だ。
下手に笑えない。
しかも、走り抜けた野良猫は…黒猫だ。
何か不吉な予感がするーーー。
そう感じた一葉は、無意識に手を強く握りしめていた。
「…お兄ちゃん」
「…大丈夫。黒い野良猫なんて、探せばどこかにいるさ。それより…由宇。これからどうするんだよ?まさか、当てもなくうろつくわけじゃないよな?」
不安をなぎ払おうと、話題を変えて、由宇に話しかけると、彼はよくぞ聞いてくれたとばかりに「へへん」と鼻を鳴らし、一枚の用紙を取り出した。
それは、この旧校舎の案内図だった。
「お前…こんなの、どこで手に入れたんだよ?」
「ここは俺らの学園の旧校舎なんだぜ?図書室の資料棚調べりゃ、簡単に見つけられるって事よ♪って言っても、これはコピーだけどな」
「本当、抜かりがないね。ここまで準備万端だと素晴らしいとさえ思えるよ…」
「そう褒めんなって、これくらい当たり前だろ?」
「「褒めてない」」
陽気になる由宇に、一葉と和也は声を揃えて牽制した。
そんなこんなで、実は人数分コピーしていて、皆に一枚ずつ配られた。
「これを見る限り、東側と西側の端が各学年の教室で、中央に図書室、会議室があり、廊下を挟んで教室の反対側に特別な教室があるわけだな。体育館と食堂が渡り廊下を挟んだ別棟にあって、東側・中央・西側に階段があるな」
「校庭の奥に、プールもあるね…。さっき通った時は、雑草が伸びてて気づかなかったけど…」
「とりあえず、これを見ながら、各ポイントを廻っていこうぜ。まずは…」
そんなやりとりをしている間、二葉はずっと一葉の服にしがみつき、何かに怯えていた。
その視線の先は、暗闇が拡がる廊下の奥。
まるで、二葉にしか見えない“何か”が見えているようで…。
そしてまた、再び生ぬるい風が吹き抜けていった。
薄暗い廊下を、懐中電動の明かりが足下を照らしている。
部室塔がまだ使われていることもあり、電気は辛うじて通っているが、ほとんどの蛍光灯が切れているため、予備灯も付いてない状態だった。
案内図の通りに進み、まずはすぐ傍の西側の階段で3階まで上がり、職員室で特別教室の鍵を手に入れると、まずは音楽室へと向かった。
≪検証1≫誰も居ないはずの音楽室で、ひとりでにピアノが鳴り、その曲を4回聞くと死ぬと云う噂。
そっと音楽室の鍵を開け、中を覗く。
もちろん、誰の姿もなく、ピアノの音はもちろん、物音一つしていない。
「なぁ、噂で言ってるのって、何の曲を聴くと死ぬんだ?」
「全国で有名なのは『エリーゼのために』って曲だけど、うちの学校での噂は違う曲みたい。同じベートーベンの曲でも、ピアノソナタ第14番の『月光』 と呼ばれる曲だって」
「へー。どっちもベートーベンの曲なのに、何でうちだけ違うんだ?」
「さあ、其処までは分からないけど…。とりあえず、今のところ特に変わった様子はないな」
そう言って、一葉達は音楽室から出て行こうとしたが、由宇は何か企んでいたようで。
「ちょっと待った」と声を掛け、梨音の隣にいた那音に視線を向けると、にやりと笑ってある提案を出した。
「なあ那音。お前、ピアノ習ってたよな?試しに今『月光』って弾けるか?」
「え…?!」
「ちょっと由宇!何考えてるんだよ。さすがにヤバいだろ」
和也が止めに入るが、由宇は満開の笑顔で、那音に「弾けるだろ?」と脅すように迫った。
その笑顔に恐怖を感じた那音は、怯えつつ「弾けなくはないけど…」と応えた。
「よし、そうと決まったら、早速惹いてくれよ。これも検証だろ?」
「うー…、分かったよ。でも、あまり上手くはないからね」
そう言い、渋々ピアノの前に座ると、那音は一呼吸置いて、鍵盤に手を置き、『月光』を弾き始めた。
♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩~
ゆっくりとだが、那音は鍵盤を弾いていき、序奏を演奏し始める。
静かな印象を受ける曲で、くり返される3連符の上に出される符点リズムの旋律が、葬送曲のイメージを持たせて、何とも言えぬ哀愁ある曲だ。
演奏を終えると、那音は静かに手を止めて、体を動かさず目だけをキョロキョロとさせた。
特にこれといって変わった様子は見られないことを確認すると、急いでその場を離れ、愛依の影に隠れた。
「ちょっと、那音。何かくれてるのよ?」
「だって………。僕、怖いんだもん…」
「恐がりね。別に1回弾いただけで、呪われる訳じゃないんだから」
「でも………」
「はいはい。喧嘩は駄目だって言ってるでしょう」
怯える那音に梨音がからかい、愛依がそれを牽制する。
いつもと変わらない光景だが、今はそんなのんびりとはしていられない。
「結局、ここは問題なしって事で良いのか?」
「だな。じゃあ次に行ってみようか。ええと、次は………」
そう言いながら、音楽室をあとにする皆が出て行くと、どこから出てきたのか。
先ほどの黒い猫が、ピアノの方へと歩いていって。
トンッと椅子の上に乗ると、喉をぐるぐる鳴らして丸くなった。
まるで、視えない誰かに、撫でてもらっているように…。
そんなことを知らない一葉達は、廊下に出て、次の検証場所へと移動していったのだった。
今度は西側の階段で2階に降り、理科室を通り過ぎて、家庭科室へと向かった。
「そういえば、ネットで知ったんだけど。昔は理科室に人体模型があってそれが夜になると動き回るとか言う噂があるみたいだけど、うちはそれ、ないよな。人体模型自体置いてないから」
「そう言えばそうだな。でも、話のよると、人体模型はなくても、解剖標本があるって話らしいぜ。それがびんの中で蠢くってのもあったけど。どれもうちは聞かないよな」
「なんで理科室はなくて、家庭科室の方にあるんだろう?」
「さあ、やっぱり、内容が内容だからじゃない?」
「ああ、多分それかな…」
由宇と和也が話をしながら家庭科室の扉を開く。
話に出たように、この学園の旧校舎に理科室はあっても、人体模型はなく、噂となるようなことは聞いてことが無かった。
その点、こちらの家庭科室にある、“あるモノ”が噂されていたのだ。
それはと言うと。
≪検証2≫家庭科室にある大鏡を、午前零時に合わせ鏡をすると中に引きずり込まれる。
また、鏡に向かって「かがみこさん、かがみこさん、一緒に遊びましょう」と言うと、戦時中に死んだ少女が映るという噂。
「なあ、なんでここはふたつも噂があるんだ?」
「それは知らん」
「知らんって…。まあでも、午前零時にならないと意味ないけど、どうするんだ?時間までまだ結構あるぞ」
壁に掛かっている時計に光を当てて、時間を確認すると、今の時刻は22時になろうとしているところだ。
時間までは、約2時間ある。
まさかこんな所で2時間も待ってるつもりなのかと、一葉と和也は互いに思ったらしく、顔を見合わせては首をひねっていた。
そんな中、由宇はほくそ笑むように、ふふんと鼻を鳴らし、愛依に話しかける。
「例のモノ、持ってきたか?」
「大丈夫よ。今準備してるから」
「さすが愛依先生。手際がよくて結構」
言われて愛依を見ると、梨音が持っていたリュックを漁り、何かを取りだそうとしていた。
そして取り出されたモノは、何とビデオカメラ。
しかも、折りたたみ式の三脚まであったのだ。
こんなモノを持ってきていたのかと、呆れつつ、重くなかっただろうか?とある意味不思議に思った和也だったが、いつも梨音と愛依は何かしらの道具を持ち歩いていて、人よりも鞄が一回り大きかったのを思うと、大丈夫なのだろうと、勝手に納得していた。
それから、ビデオカメラを三脚にセットして、大鏡の前に置くと、角度などを調整していた。
「とりあえず、ここはこれで様子見て、時間まで他のところを回ってこようか」
「これ、このままで本当に大丈夫か?」
「大丈夫よ。ちゃんと充電は満タンにしてきてるから。それよりも、早く次に行きましょう」
「…いいのかなあ?」
疑問に思う和也に対し、愛依は「早く行きましょう」と催促し、ビデオカメラを置いたまま、一度家庭科室をあとにした。
次に向かったのは、体育館。
≪検証3≫体育館内での怪異。
バスケットボールのゴールの下で転ぶと消されてしまい、死んだ生徒が、そのいなくなった生徒の生首をボールのようにつき、シュートの練習をするという噂。
「でもこれ、昼間は転んでも何も問題はなかったよな?じゃあ何でこんな噂が流れたんだろう?」
「その辺がミステリーなんじゃないか!と言う訳で、ちょっと転んでくる!!」
「って、おい!!」
何故か浮かれ半分で由宇がバスケットゴールの方へと走り出し、思いっきり転んで見せた。
しかし、その後暫く経っても、結局何も起こらず、この場所の検証もすぐに終了することになった。
「なんか、あっけなかったな」
「でも、何もないって分かっただけで十分だろ。下手に何かあったら、大問題だって」
「それもそうだな…っと!?」
暗闇が纏わり付く体育館内に、何かを見つけたのか、由宇が急に反対側のドールの方へと走り出した。
良く見ると、他の誰かが忍び込んで、遊んでいた時にしまい忘れたのか、ボールが一つだけ置かれていたのだった。
「生首じゃないよな?」
「ばーか、普通にボールだよ………っと」
ボールを持った由宇が、そのまま目の前のゴールにシュートを決めるが、ガコンッと外した音と、ボールが弾く音が館内に響いた。
「ちょっと、遊んでないで真面目にしなさいよ」
「へいへい、分かってますよー」
愛依に注意され、由宇は生返事をしながら転がっていくボールを追いかけて、道具置き場へ持っていき、ボールが入っている籠の中に投げ入れると、「じゃあ次に行こうか」と、また体育館をあとにした。
しかしその後、誰もいなくなったはずの体育館内で、片付けたはずのボールがコロコロと転がっていき、ゴールの下で止まった。
そのことに気づかないまま、一葉達は次の検証場所へと移動していったのだった。
次に向かったのは、図工室。
≪検証4≫卒業前に事故で亡くなった生徒の残した未完成の絵が、日に日に加筆されるという噂。
本来ならば、今の校舎では美術室になったが、旧校舎では図工室になっていて、ここで工作をしたり、絵を描いたりしていたらしい。
その為、図工室内は零れた絵の具やペンキの色が点々のついていて、他の教室よりも老朽化が激しく、壁紙が剥がれていたり、床板が何枚か捲れていたりしていた。
「足下気をつけろよ。床板が浮いてるところがあるから」
「分かってる。それより、問題の絵って何処に在るんだ?」
「えっと…たしか用具室にあったはず。ここの鍵は…って、あれ?」
図工室内の用具置き場になっている小部屋の鍵を探しつつ、ドアノブに手をかけた瞬間、キイッと錆びた音を立てて、扉が開いた。
鍵は元々引っかけ鍵だけのようで、ネジが壊れていたのか、使い物になってなかったようだった。
「鍵、壊れてるのか。まあいいや、中を確認して見よう」
そう言って、用具室の中へと入っていくと、棚いっぱいに埃を被った画用紙が積み重ねられ、奥にはキャンバス台もあったが、それらもずいぶんな埃を被っていた。
全く人が入った形跡がなく、埃塗れで空気も悪く、こもった匂いが充満していた。
「ずいぶんな匂いだな。とりあえず、ここに在る画用紙がそうなんじゃないか?」
埃を被った袋の中が少し破けていて、その中に生徒たちが描いたであろう絵が入れられているのが見えた。
口を覆いながら袋を取り出し、埃を払って中を確認する。
確かに、中身は生徒たちが描いた絵がたくさんあった。
しかし、そのどれもが上手いとは言えなくとも、どれもちゃんと描かれていて、完成しているものばかりだった。
「なあ、ここに在るのって、全部完成されたものばかりじゃないか?未完成の絵なら、塗り残しがあるとか、そんな感じだろう。でも、そんなもの、この中にはないぞ」
「うーん、おかしいな。確かにこの中にあったはずなんだけど…」
何度も確認しても、どれもちゃんと描かれた絵ばかりで、未完成なものだと思えるようなものは見当たらない。
由宇は考え込み、和也もまた腕組みをして考えていた。
そんな中、一葉の傍に引っ付いていた二葉が、何かを見つけたようだった。
「お兄ちゃん、あれ…」
「ん?どうした二葉。何か見つけたのか?」
二葉が指さす方を見ると、其処には画板が山積みされていて、その中に一つだけ画用紙が挟まったままにものがあった。
「あれ?もしかして…」
埃を吸い込まないように口を覆い、詰まれた画板の中から、その一つを取り出すと、やはり書きかけの画用紙が付けられたモノがあった。
「もしかして、これじゃないか?なんか未完成っぽいし…」
「鉛筆で描かれただけのデッサンね。確かに、まだ完成とは言えなくも無いけれど」
「でも、この絵…私、何処かで見たことがあるような気がする」
一葉が手にしたものを、愛依と梨音が近くに寄ってみていると、梨音がジイッとその絵を見ていた。
以前、誰かが似たようなものを描いたのを、見たことがあるのだろうか?
梨音はその絵を見ながら、何処で見たか思い出そうとするが、結局思い出せなかったみたいだった。
「とりあえず、現物があったところで、これが前どんな状態だったかは分からないから、検証しようがなくないか?」
「いや、そう言うと思って、前に一人で忍び込んで、確認しておいたんだよ。ほら、これがその時撮ったやつだよ」
「お前、いつの間に…」
呆れつつ、由宇が持っていたデジカメの画面を見せると、今手元にある画用紙と並べて比べてみた。
が、これといって変わってる部分はなく、描き足された感じもなかった。
「なんだ、これも結局空振りって事じゃん。じゃあこの検証は、これで終了って事か」
「だな。ちぇっ、結局何の収穫も無しか…」
そう言う由宇は、デジカメの画面を戻して、表示された時間を確認し、そろそろ午前零時になることを確認した。
「そろそろ零時になるな。一度家庭科室に戻ろうか?」
「もうそんな時間か」
「ああ、それじゃあ戻るか」
そう言って、図工室をあとにし、家庭科室へと戻った。
置いていたビデオカメラを回収し、他の所を回ったいる際に、変化がなかったか、録画された映像を再生させてみた。
暫く何も変哲もない大鏡が映っているだけで、これといった変化はなく、早送りで見ても、結局、自分たちが戻ってくるのが映るまで、何の変化も見られなかった。
「ここまでで全部全滅か…。あとは、合わせ鏡をしてみてってだけだな」
「どうやって合わせ鏡させるんだよ?ここに在る大鏡の他に、移動できるような鏡なんてないぞ?」
「それは…。うーん、どうしよう?」
「どうしようって…。ここまで来てそりゃないだろう!なあ愛依、お前手鏡とか、今持ってないか?」
「そんなの持ってないわよ、梨音だって持ってないわよね?」
「持ってない…」
「おいおい、じゃあどうすんだよ…?」
「あ、俺そう言えばスマホ持ってた!」
和也が思い出したように、ポケットからスマホを出して、確認したら、機能の中に鏡になるものが入っていたことを思い出した。
「確かこの辺に…。あ、あった!これ使えないか?」
「ナイス和也!その手があったか!」
そんなこんなしている間にも、時間は刻一刻と迫っていた。
急いで大鏡の前に立ち、スマホを向け、時間が来るのを待った。
そして、午前零時に針が差し掛かった。
「よし、じゃあ言うぞ」
『かがみこさん、かがみこさん、一緒に遊びませんか?』
その言葉を言ったあと、皆が静かに大鏡を見つめた。
しかし、数秒経ち、1分経ち、5分が経とうとしたが、これといって変化はなく、自分たちの姿が映っているだけで、他に変わった様子は見られなかった。
「あーあ、これも変わり無し、か。結局、今日の検証で得られたのは、何一つなかったな…」
そう呟く由宇は、がっかりと肩を落とし、その場に座り込んだ。
他のみんなも、がっかりしたと言う表現をし、顔を見合わせていた。
噂はやはり、ただの噂でしかないのだろうか?
誰もが皆、そう思い始めていたが、由宇だけはまだ諦めがつかないのか、旧校舎の案内図を取り出して、何かを考えているようだった。
「残っているのは、中央階段だけか…」
そう呟いて、たぶん此処も収穫は無いかも知れないが、行くしかないと、意気込んで。
時刻は午前零時を過ぎ、刻々と夜は更けていった。
闇が巣食う旧校舎の中、窓から差し込まれる月明かりだけが、微かに廊下を照らしているだけで、教室内にまでは届かない。
そんな薄暗い空間に、懐中電灯に照らされた皆の顔は僅かに見える程度。
それでも、皆が少し疲れた表情をしているのは確認が出来た。
「次の中央階段で、最後にしようか。もうだいぶ回ったし、これといって収穫もないからな」
「そうだな。もう遅いし、そろそろ帰らないと」
夜勤の両親が帰ってくる前に家に帰りたい一葉は、早く済ませたいと思っていた。
二葉もここまで遅く起こしていては、明日の朝、起きるのが辛いだろうし、と二葉を心配し、頭を撫でていた。
さすがにやはり眠くなってきたのか、目を擦るような仕草をしつつ、一葉の手をしっかりと握り返した。
そんな様子を見て、愛依も双子の方を見ると、那音が小さくあくびをかみ殺しているように見え、梨音も口数が減ってきているのが分かり、これ以上はさすがに無理だと判断した。
「じゃあ、最後の検証に行きますか」
由宇のその声を合図に、皆が立ち上がって、頷いた。
そうと決まれば善は急げ。
家庭科室をあとにして、中央階段へと移動していく。
だが、この時はまだ、気付けないでいた。
暗闇の中、息を潜めて、僕たちのすぐ傍にいたことに。
この時にはもう、変化が起こっていたことに。
そして、これから起こる恐怖が、迫っていることにも…。
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