第32話 夏が来る③

「やっほー」


 花火大会の当日。

 大学の最寄り駅で待っていた春也と竜馬の元に、大きく手を振りながら蘭がやってくる。

 その隣には秋葉。

 2人とも、夏らしいデザインがあしらわれた浴衣に身を包んでいた。


「どうしたんだよそれ」


 竜馬が尋ねると、蘭はファッションショーのようにくるっと回ってから答えた。


「うちにちょうど浴衣が2着あってさ~。せっかくだから秋葉ちゃんと着てみた!」


“きれいだ……。”


 蘭には申し訳ないが、春也はもう秋葉の浴衣姿に釘付けである。

 その視線に気づいて、秋葉が少し恥ずかしそうに袖をつまみ腕を広げてみせた。


「ど、どうかな……?」

「めっちゃ似合ってる。めっちゃきれい」

「えへへ。ありがとう」


“今日こそは……。”

“今日こそは……。”


 同じ思いを胸に抱く2人は、しばらく見つめ合った後、照れたように笑った。

 その横で、蘭が竜馬の前をもう一回りしてみせる。


「どうどう?」

「んー、似合ってんじゃね」

「なーんか興味なさそうだなぁ。どうせ馬子にも衣装とか思ってるんでしょ」

「いや、そんなことねえよ。かわいいと思う」

「へ、へぇ……」


 思わぬ褒め言葉をかけられて、蘭は言葉に詰まる。

 花火大会という特別な雰囲気のおかげか、竜馬と蘭の間の空気もいつもと少し違うようだった。

 とにもかくにも隣町へ向かう電車に乗り込むと、花火大会に行くと思わしき人たちがかなり乗車している。

 ぎゅうぎゅう詰めの満員電車とまではいかないが、秋葉たちと同じように浴衣に身を包んだ女性グループなどもいて、すでにざわざわとした空気が流れていた。


「春也、楽しみだね」

「だね。屋台もいっぱい出てるらしいし」


「竜馬ってりんごアメ派? いちごアメ派?」

「んー、パインアメ派」

「いやそれコンビニでも売ってるやつじゃん」


 そんな会話を交わしているうちに、電車は目的の駅と到着する。

 駅から10分ほど歩いた先の河川敷が会場なのだが、すでにそこまでの道に屋台が立ち並び、すっかり歩行者天国状態だ。

 まだ午後4時過ぎと明るい時間だが、ところどころで提灯が明るく灯っている。

 古今東西の夏ソングが割れた音で響くなかを、たくさんの人が行きかっていた。


「写真とろ! 写真!」


 そう言いながら、蘭はインカメにして自分のスマホを構える。

 残る3人も、ぎゅぎゅっとフレームの中に写り込んだ。


「はい、ずっ友~」

「何だよその掛け声」


 竜馬のツッコミをよそに、蘭はシャッターボタンを連打する。

 十数枚は撮ったところで、ようやくスマホを下に降ろした。


「あとで良く撮れてたのグルに送るね~」


 ひとまず祭り開始の記念撮影を済ませ、4人は屋台通りを歩き始める。

 フランクフルトに焼きそば、唐揚げ、かき氷に綿あめ、ポップコーンなどの食べ物系から、射的や輪投げなどのゲーム系、そしてお面などその種類は多様だ。


「やっぱり屋台街はいいよなぁ」

「浴衣姿の女の子が隣を歩いてあげてるから、雰囲気も格別でしょ?」

「確かにそうだな」

「……何か今日、やけに素直じゃん」


 そんな会話を交わす竜馬と蘭の後ろに、春也と秋葉が隣り合ってついて行く。


“何とか人の少ない場所で秋葉と2人きりに……!”

“何とか人の少ない場所で春也と2人きりに……!”


 お互いに同じようにしてタイミングを計りながら歩いていると、あっという間に会場の河川敷に到着してしまった。

 みんな屋台を見に出歩いているのか、まだ花火の上がっていない今は少し人が少ないが、その代わりに場所取りのレジャーシートがびっしり敷き詰められている。


「あそこ! 空いてる!」

「おっ、ナイス春也っち!」



 春也が目ざとく空きスペースを見つけると、そこに蘭が駆け込んだ。

 そして持参していたレジャーシートを敷き、杭で固定して場所取りを完了させる。


「さーてと」


 無事に花火の観覧席は確保した。

 そして打ち上げが始まるまでは、まだ時間がある。


「私、戻って屋台を見に行きたいな」

「俺も行きたい」


 立ち上がる春也と秋葉に対し、竜馬と蘭はレジャーシートに座ったままだ。


「私はちょっと休憩してから行く~」

「俺もそうするわ」

「じゃあ行ってくる」

「行ってくるね」

「はーい」

「行ってら~」


 春也と秋葉、竜馬と蘭。

 2人と2人に分かれた。

 2人になるという第一関門は突破したわけだ。


「美味しそうな匂いでお腹空いちゃった」

「俺も。何か買って食べよ」

「うん!」


 仲睦まじく人混みのなかへ消えていく2人を、竜馬と蘭は静かに見送る。

 周りはみんな屋台に出ている河川敷。

 こちらも2人きり。

 竜馬が蘭に言う。


「マジで似合ってんな、浴衣」

「ありがと……。嬉しいけど、今日どうしたの?」

「いやーなんつーかさ……」


“絶対にありえないと思ってたはずなんだけどなぁ……。”


 大輪が咲く前の青空を見上げて、竜馬は小さく息を吐く。


“竜馬に見せたくて浴衣着て、竜馬に褒められて喜んで……。私いつの間に……。”


 蘭もまた、小さく息を吐いてそれを見上げた。

 突き抜けるような夏空。

 もし春が出会いの季節なら、恋する季節は夏なんじゃないだろうか。

 そして夏は、誰に対しても、平等にやってくる。


「蘭、その……」


 幾重にも重なって夏が動き始める。

『夏、開幕宣言。』の花火大会の日に。

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