第7話 予約しちゃったっ

 思わぬデートから一夜明け、春也は竜馬と大学を歩いていた。

 次の授業が行われる教室へ移動しながら、竜馬が春也の脇を肘でつつく。


「そんでそんで春也さんよぉ。ど~だったんです? 親友に抜け駆けしてのデートは?」


 圧倒的だる絡みを冷めた目で見てから、春也は淡々と答えた。


「別にどうってこともなかったぞ。4時間適当に会話しながら買い物とかして、時間が来たらありがとうございました~で終わり」

「へっ。平静装っちゃってかっこつけちゃってよぉ」


 竜馬が体を伸ばしながら憎まれ口を叩く。

 まさか、冬月秋葉が来てデートしたなどと言えるはずもない。

 これ以上深掘りされないように、春也はすっと話題を変えた。


「それで、そっちはどうだったんだ? カラオケ、行ったんだろ?」

「おう。まあ、ぼちぼちって感じだったな。ただ春也、お前がバイトを優先したのはある意味で正解だったかもしれない」

「どうして?」

「いやー、急に予定が入っちゃったらしくてさ、冬月さんは来れなかったんだよ。他に女子はいたけど、春也は冬月さん大本命の一点買い単勝万馬券勝負だもんな」

「秋……冬月さんの顔よりお馬さんの顔がチラつく表現やめろ」

「ま、それでも結構楽しかったけどな」


 一瞬だけ秋葉と呼びかけたことで、春也の心臓はきゅっと縮んだ。

 幸いなことに、竜馬は全く気付かなかったらしい。

 ほっと胸をなでおろしたところで、春也の表情が不意に緩んだ。


「何だよニヤニヤして。気持ちわりーな」

「いや別に。何でもない」


“こっそり下の名前で呼ぶのって、なんか二人だけの秘密っぽくていいな。”


 もちろん、今の春也からすれば、この先も冬月秋葉が自分を下の名前で呼んでくれる保証はない。

 もしかしたら二度と、彼女と下の名前を呼び合うことはないかもとすら思っている。

 ただ逆に、距離を近づけるならこのチャンスを逃せないとも感じていた。

 でも同距離を近づけたらいいか分からない。

 見知らぬ女の子がナンパされてたら助けられるくせに、気になっている相手には告白はおろかあまり話しかけられもせず日和続けているのが、夏川春也という男である。


「りょーまー!」


 目的の教室に着くなり、はきはきした明るい声が竜馬を呼んだ。

 教室の前方で、木島きじまらんが手を振っている。

 ボーイッシュな見た目で浅黒い肌。

 水泳部に所属していて趣味はサーフィンという快活女子だ。


「ちょっとこーい!」


 竜馬も水泳部に所属しているため、2人はそれなりに仲が良い。

 呼ばれた竜馬は春也に向き直ると、親指で木島蘭を指差してこっそり言った。


「まったく、少しは冬月さんの清楚というかおしとやかな感じを見習ってほしいもんだよな」

「仲睦まじくて大変結構じゃないか。お似合いだぞ」

「あいつとはそんなんじゃねえって」

「ツンデレヒロインはだいたいそう言うんだよ。いいから行ってこい」

「春也、お前な……」


 竜馬は肩をすくめて、何だかんだ言いつつ蘭の元へ向かう。

 2人の仲が良いとはいえ、そこに微塵も恋愛感情が無いことは春也も分かっている。

 分かったうえで、いじってるのだ。

 基本的には超絶優男の春也だが、竜馬を相手にするとたまに黒春也が出る。

 それだけ仲が良いということではあるが。


「あの2人、仲良いよね」


 突然後ろから聞こえてきた声に、春也は驚き振り向いた。

 そこには笑顔の秋葉が立っている。

 彼女は小さく首を傾げると、ほんのり赤らんだ顔で言った。


「おはよ、春也」

「おはよ……秋葉」


“また下の名前で呼んでくれた……!”

“また下の名前で呼んでくれた……!”


 やはり同じことを感じて、顔を緩ませる春也と秋葉。

 もし世話焼きなエスパーがいたら、じれってえな、いやらしい雰囲気にしてやると飛び出していることだろう。


「昨日、すっごく楽しかったよ。春也とお出かけできて」

「それなら良かった。俺もめっちゃ楽しかった」

「ふふっ。そう言ってもらえて嬉しいな。それで、家帰ってきてからお姉ちゃんに教えてもらったんだけど」


 秋葉は春也の横に座ると、スマホの画面を見せた。

 そこには春也が登録しているレンタル彼氏のサイト、そしてあろうことか春也のページが開かれている。


「ちょっ! 何の羞恥プレイ……?」

「あ、え!? そんなつもり全然なくって、その……」


 秋葉はひとつひとつ、慎重に画面を操作していく。


“心臓止まんない……! いや、止まっちゃったら困るんだけど……。でも春也に聞こえてないよね? 大丈夫だよね?”

“秋葉……いったい何を……まさか!?”


 日付が選ばれる。

 時間が選ばれる。

 プランが選ばれる。

 そして秋葉の指が、予約確定の文字に触れる。


「あ……」

「ふふっ。春也の放課後、今日は私が予約しちゃったっ」


 少し照れた様子で、頬を赤らめて言う秋葉。

 変な狙いを抜きにこんな言葉を吐くのだから、もうたちが悪いとしか言いようがない。

 もちろん春也は完全ノックアウトされてしまった。


「あ、もうすぐ授業はじまるね」


“さすがにこの授業中ずっと隣は心臓持たない……!”


 秋葉はささっと立ち上がると、少し離れた席へと移動していった。

 その背中を、何が起きたか分からず混乱しっぱなしの春也が見つめる。

 そしてもうひとり。

 そんな2人の様子を、教室の前方から木島蘭がこっそり眺めていたのだった。


“はは~ん。さてはあの2人……”

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