関心

「――まだ調べてんのか?」


小次郎の前に缶コーヒーが置かれる。資料室でファイルを見ていた小次郎に、同僚が差し入れをしたようであった。


「ん?おう……」

「ご苦労さま。連勤明けなのに真面目だなぁ」


 向かいに座る同僚。ドスンと音を立てて王様のように脚を組む。自分もぶんも買っていたコーヒーの口を空けた。


「ナイトウォーカー。名前の響きは俺もかっこいいと思うが、どこまでいってもただの殺人鬼。マスコミも誇張しすぎなんだよな」

「それは俺も思うよ」

「……お前も昔からその事件に興味津々だよな。そんなに気になるのか?」


苦味の強いコーヒーを喉に流し込む。激務の刑事にとって、このカフェインが生命線。美味そうに飲む同僚に釣られて、小次郎は渡されたコーヒーを空けて口をつけた。


「あぁ。まぁちょっとな」

「誰が気になるやつでも?」

「……目をつけてるのが1人」



同僚が身を乗り出す。


「そいつ誰だ?」

「……」


小次郎は口を開くことなく、ひとつの写真に指を置いた。



――羽衣桃也。事情聴取すらされなかった男であった。


「羽衣桃也……こいつってお前の友達じゃないのか?」

「幼稚園の頃からの友達。幼馴染だよ」

「……なんでコイツ?」



コーヒーを飲み干した小次郎。缶をゴミ箱に投げ捨てる。同僚もすぐに飲み干して缶コーヒーをゴミ箱に投げた。


「なんとなくだよ。幼馴染だから分かるんだ。

「……ふぅん」


思っていたよりも根拠が少なかった。同僚は期待外れと言うかのように、椅子にストンと座った。


「昔から頭のネジが外れてるような奴でな。まぁ何をやってもおかしくはないと思う」

「酷い言いようだな」

「別に確信したわけじゃないぞ。頭がちょっとおかしいだけで、悪いヤツじゃない」




ファイルの中には殺人現場の写真もある。小次郎はそれを見つめていた。


「殺して皮の1部を剥ぎ取る……これを普通の人間にはできないだろ。それこそが外れているような奴にしかな」


確かに根拠は少ない。だが幼馴染の意見だ。長い付き合い。何か隠してるなら分かる、というのも信じられないものではない。


同僚も小次郎の話を聞いて少し桃也のことを疑い始めてきた。


「……勘違いが一番いい」

「じゃあ勘違いを証明しないとな」




小次郎の電話が鳴る。相手は――桃也だ。同僚は静かに電話を見守る。


たまたまだろうが、やはりちょっと怖い。ゆっくりと小次郎は電話に耳を当てた。


「……もしもし?」

『もしもし?今大丈夫か?』

「おう」


 電話の奥からは、ゴゴゴと重い音がした。子供や女性の話し声も聞こえる。


「どうかしたのか?」

『俺引っ越ししたから』

「……は?」


気の抜けた声を出してしまう。同僚も声が出そうになっていた。


「と、突然だな。俺に何か言ってくれてもよかったのに」

『すまんすまん』

「……どこに引っ越したんだ?」

『前にお前が言ってただろ。――八月村ってとこ』

「はぁ!?八月村!?なんで!?」


思わず声を荒らげる。気の抜けたり、大きくなったりと忙しい小次郎。


『昔から田舎で暮らしくってな』

「いや……えぇ。でもお前って会社員じゃなかったっけ?」

『辞めた』

「……」

『引っ越しが終わったら連絡するからさ、暇なら来てくれよ』

「え、あ、お、おぅ」



ピッと電話が切られる。固まったままの2人。色々とぶっ飛びすぎてて、動くことができていない。


数秒か。数十秒か。時間が経った後、同僚が口を開いた。


「……頭のネジ外れてるなんて騒ぎじゃないだろ」

「まぁ……否定はできないな」

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