~悪夢再び~

それから2.3日が経ち、あれ以来大きな変化はなかったにしろ、俊には章裕からの呼び出しは続いていた。

だが、その内容は至ってシンプルなモノで、生徒会長という立場上、学園の方針を決める権利を持つ章裕の補佐としての仕事も、俊は任されていた。

本来ならば、副会長である寧音が任される事なのだが、寧音自身が「面倒くさいことは嫌い」と駄々をこね、全ての仕事を章裕に押し付けていたのだった。

そのストレスもあって、章裕は俊に対し、時折重荷になるような命令をしていたのだった。


「総会の資料、纏めました。それと、サッカー部から経費の申請があったそうです」

「おう。経費の方は内容に問題がなければ通せ」

「わかりました」


こんなやりとりだけでは、ごく普通の学園の生徒会の話に聞こえるが、実際は生徒会室には二人だけしかおらず、他のメンバーは別室で作業していた。

俊は申請の内容に目を通し、問題がないことを確認して、生徒会承諾の判子を押印し、章裕の名前を書いて、隣の別室にいる会計担当に渡すと、生徒会室へ戻ってきた。

ちょうど切りが良かったのか、章裕が背伸びをしていて、俊は「飲み物、買って来ましょうか?」と声をかけると、「まだ良い」と返事をし、机に頬杖をつき、少しぼんやりしていた。

俊は敢て何も言わず、纏めた資料をクラスごとに分け、輪ゴムで止めていく。

それが終わると、また次の仕事に取りかかり、そつなく作業を進めていく。

そんな姿を見て、章裕はまた何かを思いついたかのように、口元を歪めると、席を立ち、俊へと近づいた。


「架山って本当、良いやつだよな」

「…突然、何言ってるんですか?」

「いや、思ったことをそのまま言っただけだよ。マジ、お前って何でも言うこと聞くし、真面目だし、顔もいいし。結構モテてるんじゃないのか?」

「…さあ、どうでしょう?そう言うの特に気にしてないので」

「ふ~ん…。じゃあさ、告られたことは?水瀬以外にいなかった?」

「………」


章裕から、彩希の名前が出た瞬間、俊は一瞬だけ作業していた手を止め、俯きながら「いませんよ」と答え、再び作業に取りかかる。

だが、その瞬間を章裕は見逃さなかった。


「へ~…。じゃあ水瀬以外とは付き合ったことないんだ?」

「…何が言いたいんです?」

「別に?ただなんとなく聞いてみただけだよ。それよりお前、兄貴からあんなことされたのに、よく平気で俺の元に来られるな。もしかして、お前も兄貴みたいに男も平気ってやつ?」

「…違います」

「その間は何だよ?まぁでも、一回されただけじゃわかんないか…」

「え…?」


章裕の言った言葉の意味が分からず、近づいてきた章裕を見上げると、いきなりあごを掴まれ、キスをされた。


「っ!!」


俊は驚いて離れようとするものの、章裕に押さえ込まれて。

じたばたして、何とか椅子から立ち上がり、ようやく離れる事が出来るが、なおも章裕は腕を掴み拘束してくる。


「やめてください」

「うるせーよ。あんまり騒ぐと隣の奴らに聞こえるぞ?」

「っ!!」

「そうそう、いい子にしていれば酷くはしねーからよ…」


そう言って章裕はまたポケットからスマホを取り出した。


―――何をさせる気だろう?


不安がる俊に、章裕はスマホを何やいじりながらにやつき、そしてある画像を表示させると、それを俊に向け言った。


「これ、お友達にバラされたくないだろ?」

「っ!?」


その画像は、俊が意識を失った後に撮られたであろう、裸の写真だった。

それを敦也たちが見たら、きっともう二人を止められない。

王様に反抗してしまうだろう。

そうならないためにも、この画像を二人に送られないように、章裕の要求を聞いた。


「何をすればいいんですか…?」

「聞き分けいいな。そうだな…また俺んちに来いよ。今度は兄貴と二人だけで相手してやるから、逃げたきゃ逃げてもいいんだぜ?でも、そうなったらお友達にこれが行くわけだけどな…」

「…分かりました。行きます」

「…本当、聞き分けのいいやつ」


そうして、また章裕の家に行くことになり、既に帰宅していた雅崇は「いらっしゃい、待ってたよ」と満面の笑みで迎えた。


「逃げたきゃ逃げてもいい」


その言葉通り、本当は逃げ出してしまいたい。

でも、敦也たちにこんな事を知られたくない。

八方塞がりの袋小路に追い込まれた俊は、もはや抗う気力はなく、章裕たちにされるがまま、意識がなくなるまで、また弄ばれるのだった。


翌朝。

気だるさと心身の疲労で身体を起こすことすらきつくて。

けれど、登校しなければ、章裕に例の画像をバラ撒かれてしまうこともあって。

重い身体を無理矢理動かして、何とか学校の校門まで辿り着いたのだが…。


朝のHRの時間になっても、教室へ来ない俊を心配して、敦也と甲斐は生徒玄関へと様子を見に来ると、下駄箱に寄りかかる形で踞っている俊を見つける。


「俊!大丈夫か?」

「具合悪いんだったら休めばいいのに…」

「……」

「とりあえず保健室、行こう」


甲斐に支えられ、保健室へと向かうと、結依は驚いてすぐにベッドを用意し、そこへ俊を寝かせた。

熱を測ろうと額に手を当てようとして、俊が怯えているのに気付き、結依は顔を歪めてくるしそうに言った。


「架山君、もうこれ以上は無理よ。暫く椙澤君に従うのはやめなさい。私から言っておくから…」

「…大丈夫、です……。それに、そんなことしたら、先生も立場が危うくなりますから…何もしないで下さい」

「架山君…」


俊の言葉に、結依も一瞬自身の立場を考えはしたが、大事な生徒がこんなにも苦しんでいるのを見て、放ってはおけなかった。

それは敦也たちも同じで、このまま俊が傷つくのを黙ってみていられなかった。

とりあえず今は、俊を休ませて、「とりあえず、昼休みにまた話そう」といい、敦也たちは教室へと戻っていった。


「架山君、本当に無理しすぎよ」

「…すみません。でも、こうでもしなきゃ、誰かが傷つくから…。僕だけで、いいんです…。それで皆が無事なら……」

「自己犠牲もいいけど、相手のこともちゃんと考えてね。そうして守られたって、嬉しくないのも分かるでしょう?」

「………」

「今はゆっくり休みなさい。あとのことは、またゆっくり話しましょう」

「はい……」


そして昼休みまで、また保健室で仮眠を取らせてもらい、午前の授業の終わりのチャイムが鳴り響いた。


昼休み、昼食を持参して保健室に来た敦也と甲斐は、食べながら話し始めた。


「今後のことだけど、王様に暫く専属従者を休めないか、マジで聞かないか?」

「でも、たぶん無理だろうな。あの王様の性格じゃ、逆に過労死させても構わなそうだし…」

「…そうね。でもそうでもしなきゃ、架山君の心身が持たないわ。架山君も、いつまでも保健室で休んでられないでしょう?」

「そう…ですね。授業にはちゃんと出たいし、出席しなきゃ学校に来てる意味ないですから…」

「一応、その辺は私の方で、何とか保健室登校ってことで通させてもらってるから、大丈夫よ。問題は、奉仕活動の方ね」

「う~ん…こういう時、朔弥が居てくれたら、何か案を出してくれたんだろうな…」

「………」

「あ、ごめん…」

「いいよ。朔弥も、ずっと我慢してたんだし。聖の件がなかったら、力になってくれてただろうし」


咄嗟に朔夜の名前を口にしてしまった甲斐に、敦也も俊も責めはしない。

確かに、聖との件がなかったら、今も未だ一緒に居て、相談に乗ってくれたかもしれない。

聖も、調子に乗りすぎてしまっただけで、本来ならば優柔不断で騙されやすいと貶められることが多いのだ。

朔弥が一緒に居たからこそ、聖はいつも場を和ませるために、わざと羽目を外しているのだ。


だが、今更過ぎたことを言っても、もはやどうしようもない。

皆が意見を出し合っても、結局袋小路に嵌まり、フリダシに戻ってきてしまう。

そんな時、ふと俊が呟いた。


「お願い、してみようかな…?たぶん、聞いてもらえないかもしれないけど…」


俊のその言葉に、皆が驚いて俊に視線を向けた。


「大丈夫なのか?本当に、何を言い返されるか分からないんだぞ?」

「でも、このままじゃ何も変わらない。それに、水瀬もいつも言ってたから…。『諦めない』って…」

「………」


俊の口から、彩希の名前が出たことに、皆が改めて思い知った。

旬が今までずっと逃げなかったのは、彩希とのことがあったから。

彩希の想いが、今でも俊の心を支えてくれているんだと言うことを。

そして、その想いを俊自身が引き継いでいることを…。


「…分かった。王様に直談判だな、俺も一緒に行くよ」

「俺も。俊だけに、任せてられないよ。それに、何かあった時にすぐ対処できるやつがいた方が良いだろ?」

「ありがとう、二人とも。でも、逆に迷惑かけちゃうかもしれないけど…」

「今更だろ?友達が苦しんでるのに、これ以上黙ってられるかよ」

「そうそう」


そうして話はまとまり、俊と敦也と甲斐の三人で、章裕に直接専属従者の休息を志願することになった。

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