第8話 都合の良い部活
紀恵が勇み足――勇気とは真逆の心理状態だったが――で、弥夏から話を聞き出した火曜日から二日後の木曜日。
亮平は校舎五階にある「歴史部」を目指していた。
昨今の少子化によって、一時期は必要になった五階の教室は使われることもなくなり、今は各文化部の部室にあてがわれている。
附属高校であるせいかどうかはわからないが、まずこの高校の敷地が狭い。
その分、上に伸びてしまった感があり、生活するだけでも上下運動はいささか面倒だ。学年が上がるごとにだんだん教室が下に降りていく仕組みなのは、高校生をして老いを感じさせるシステムである。
実際には教師陣を慮ってのことだろう。
こういった状況下で五階に集められた各文化部には、各教室と廊下の清掃も委ねられているのだが、今ひとつ機能しているとは言えないだろう。
まず教師がこの階にまで登ってくることが少ない事に加え、各部員には掃除よりもやりたいことがあるからこそ、五階にまで登ってくるのである。
どうしても清掃は後回しになってしまうものだ。
そのため、常時埃っぽい五階ではあったが「歴史部」に関しては事情が違う。その周囲だけが比較的清潔に保たれていた。
それは亮平が清掃を受け持っているからなのである。
「歴史部」の部員はそのまま大学の歴史学科に顔を出すことも多く、高校での部活はあまり熱心とは言えない――つまり、日頃あまり部員が顔を出したりはしないことが多い。
その中で亮平は、なまじ「歴史部」の部員よりは顔を出すことが多い。
「歴史部」部員ではないのだが。
特にこの木曜日は、必ず顔を出す曜日となっている。
そのルーチンに従って亮平は階段を登り、五階の廊下に設置されている掃除用具入れからホウキを持ち出すと、手早く「歴史部」前の廊下を掃き始めた。
そんな亮平に向けて、他の部活の部員がサービスでちょっとやってくれよ、などと声をかけると「歴史部」の近くに部室がある場合は、ついで、ということで掃き掃除ぐらいはする。
それぐらいのコミュニケーションは出来上がっているというわけで、簡単に言ってしまうと亮平は五階の常連ではあるのだ。
そんな「常連」達で出来ている五階に、この日紛れ込む者が現れた。
「盛本くん」
鼻歌を奏でながら廊下を掃いていた亮平に、背中から声がかけられる。
亮平が反射的に振り返ると、そこにいたのは――
「ああ、えっと……C組の人だよね」
C組の人。つまりはロングヘアの佐々木梢だ。
亮平はこの時点で梢の名前まで知っているわけだが、それを知られてはならないと判断したのだろう。
結果「C組の人」という、なんとも中途本派な反応を返してしまう。
それを聞いた梢は、ニンマリ、としか表現のしようのない笑みを浮かべた。
どうやら、紀恵の勇み足は更なる波紋を広げたようだ。
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