第24回 Fire Watch:セント・ポール大聖堂の危機 ②

 前回見たFire Watch冒頭部分の続きを見てみましょう:


 The only things that would have helped were a crash course in “London During the Blitz” and a little more time. I had not gotten either.


The Blitzに関する短期集中コース(crash course)も時間もなかった。なるほど。わかってきましたよ。さらに:


 “Traveling in time is not like taking the Tube, Mr. Bartholomew,” the esteemed Dunworthy had said, blinking at me through those antique spectacles of his. “Either you report on the twentieth or you don’t go at all.”


はい来たー! これ以上ないくらいわかりやすいSF用語 Traveling in time! 主人公 Mr. Bartholomew はタイムトラベラー。しかしそれにしても、彼、冒頭から混乱し過ぎでは? さらに続けます:


 “But I’m not ready,” I’d said. “Look, it took me four years to get ready to travel with St. Paul. St. Paul. Not St. Paul’s. You can’t expect me to get ready for London in the Blitz in two days.”


 少しだけネタバレをしますと、この主人公、歴史学部の大学生で、4年生の実習(practicum)では自ら選んだ時代にタイムトラベルをして実際に生活してみることになっていました。

 しかし、彼が選んだのはSt. Paulのはずで、そのために4年かけて準備を重ねてきたのに、コンピューターの登録ミス(All because some computer adds an apostrophe s.)のため、送られることになった先が20世紀のSt. Paul’s Cathedral、しかもThe Blitz真っ只中の1940年9月(この短編の冒頭部)だったのです。


 主人公が選んだ本当の実習、to travel with St. Paul というのはなんだったのでしょうね。キリスト教の伝道者として異教徒への布教活動を行うパウロに同行するつもりだったのでしょうか。


 しかし、実際に彼が送り込まれたのは、この短編の冒頭部分:


September 20—Of course the first thing I looked for was the fire watch stone. And of course it wasn’t there yet. It wasn’t dedicated until 1951, accompanying speech by the Very Reverend Dean Walter Matthews, and this is only 1940. I knew that. I went to see the fire watch stone only yesterday, with some kind of misplaced notion that seeing the scene of the crime would somehow help. It didn’t.


まあ、大混乱ですよね。準備不足もいいところで、1940年のロンドン大空襲の最中のセント・ポール大聖堂に送り込まれてしまったのですから。


 歴史学部によって捏造された紹介状を携えた主人公は、セント・ポール大聖堂のFire Watchとして採用されます。これは、完全なるボランティア、無償の仕事です。主人公をはじめ、他のFire Watchたちは、大聖堂が空襲で焼失することを防ぐため、屋根の上で爆弾と格闘をします(長いのであちこちから抜粋です):


September 27—I have just come down from the roofs. I am still shaking.


It had fallen only a few meters from me, behind the clock tower. It was much smaller than I had imagined, only about thirty centimeters long. It was sputtering violently, throwing greenish-white fire almost to where I was standing. In a minute it would simmer down into a molten mass and begin to burn through the roof.


I poured the bucket of sand around the still sputtering bomb, snatched up another bucket and dumped that on top of it. Black smoke billowed up in such a cloud that I could hardly find my shovel. I felt for the smothered bomb with the tip of it and scooped it into the empty bucket, then shoveled the sand in on top of it.


Fire Watchたちが対処するのは「焼夷弾(incendiary)」です。飛行機からパラシュート(これは上記の抜粋部分には出て来ません)で投下された爆弾は、着弾すると火を噴きながら燃えている。だから急いで砂をかけて酸素の供給を断ち鎮火させる。命がけの仕事です。

 降ってきたのが high explosive bomb だった場合は、もはや誰にも成す術がありません。実際、主人公が大聖堂の地下で休んでいた時にこの種の爆弾が着弾し、彼は危うく生き埋めになるところでした。

 人命よりも建造物が大事なのか、と思ったりしますが、物語の終盤に主人公が回想するように、歴史的に重要かつ人々の精神的支えたり得る大聖堂が戦火で焼失するか建ち続けるかというのは、無神論者のわたしには想像できないほど大事なことだったようです:


 The raids on London are almost over, I wanted to tell him. He’ll start bombing the countryside in a matter of weeks. Canterbury, Bath, aiming always at the cathedrals.


I wanted to tell himのhimはDean Matthews(Anglican priestの彼です)、He’ll start bombingのHeはHitlerのことです。これはもちろん、タイムトラベラーである主人公が、1940年12月時点のDean Matthewsに打ちあけるわけにはいかない知識です。


 セント・ポール大聖堂の運命(実際の歴史がどうであれ、これはSF小説なのでどのような結末を迎えるかは読んでみなければわかりません)、主人公が準備不足で臨んだ実習(practicum)の結果・評価は。ぜひとも続きを読んで確認してください。 


 さて、再読の自分は、最初に読んだ時はスルーした部分に目を向けることにして、Fire Watch Stoneがどんなものなのか、調べてみました。

 興味のある人は、こちらをどうぞ:


The St. Paul’s Watch

https://alondoninheritance.com/thebombedcity/the-st-pauls-watch/


個人のブログのようですが、大変興味深いものです。お父さんが戦後に撮った写真をもとにして記事を書いているそうです:


My father was born in London in 1928, lived in London throughout the 2nd World War and started taking photographs of the city from 1946 through to 1954. These show a city which had changed dramatically since the pre-war period and has changed, in many places beyond recognition, in the intervening years.

(参照:https://alondoninheritance.com/about/)


このThe St. Paul’s Watchというブログ記事、ひっじょーに長いので、の写真を手っ取り早く見たい場合は、記事の一番最後までスクロールしてください。記事は時間のある時にじっくり読まれることをおすすめします。


 この写真の石……なんかイメージと違う! 偉人の有り難い言葉が刻まれた石の記念碑といったら、大きな岩みたいなものに芭蕉の句が刻んであるとか、浄蓮の滝にある「天城越え」の歌詞が刻まれて、近づくと「天城越え」のメロディーを奏でてくれるやつとか、とにかく屋外に設置され、地面から上に突き出ている形状を想像しがちだと思うのですが……まさかの屋内……それも足下……だと?


 そういえば、冒頭での困惑と混乱しきりの主人公が、我に返って歴史学部の学部長(The good man)への呪詛の言葉を発する時、彼はセント・ポール大聖堂のにいました:


 The good man was responsible for my standing just inside the propped-open west doors, gawking like the country boy I was supposed to be, looking for a stone that wasn’t there. Thanks to the good man, I was about as unprepared for my practicum as it was possible for him to make me.


 つまり、1940年の時点ではまだ存在せず、1951年に献上されるFire Watch Stoneは、just inside the propped-open west doors、大聖堂の西側の内部、それも床にあることになります。

 自分が最初にこの短編を読んだ際には、てっきり大聖堂のに建てられた記念碑を探しているのだとばかり思っていました。


 いやはや。


 日頃からかなり適当な読み方をしていることが露呈してしまいましたが、まあ、外国語で本を読んでいると、どうしても足りない部分を想像力で埋めることになるので、こうなります。

 というか、むしろ再読でFire Watch Stoneの真の姿を知ることができたんだから、上出来だと思うんですよね。

 こういう適当な読み方ができるというのも才能の内ではないかと思います。精読精読と根をつめ過ぎたら嫌になるでしょう。


 あ、ならないのかもしれませんね、ちゃんと高校大学まで英語の授業で寝ないでいられた人ならば。

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