第12回 表現の自由と信仰の自由

 サルマン・ラシュディはインド出身の英国作家です。デビューから2作目で高い評価を受けますが、4作目の『悪魔のうた(The Satanic Verses)』がイスラム教の預言者を侮辱しているとしてイランの宗教的指導者からファトワなる死刑宣告を受けてしまいます。英国内はもちろん世界中のイスラム・コミュニティから強い非難の声が上がり、発禁かラシュディの処刑、あるいは両方を求める物騒な言葉が飛び交うようになります。警察の24時間警護を受けることになったラシュディがJoseph Antonという偽名で潜伏生活を送った期間、1989年から2002年までの回顧録、それがJoseph Anton: A Memoirです。


 およそ13年間を振り返るのにペーパーバックで657ページですか……


 今のは心の声なので無視してください。

 なぜそんなに長くなるのかというと、『悪魔の詩』を書いた理由・意図を説明するために一旦幼少期まで遡ってコーランの研究者だった彼の父親(本業は医者ですが)との関係なんかを語りだすからです。


 このMemoirからは、英国とイラン、そして欧州アメリカまで含む当時の世界情勢が垣間見えるので、渦中の作家目線での歴史の記録としての価値もあります。また、表現の自由を守るためにラシュディと共に戦った友人作家たちや、あんな奴は殺されて当然と公然と非難する著名人(作家や政治家)が実名で出て来てゴシップとしても面白いです。

 映画『ブリジット・ジョーンズの日記』の出版記念パーティーのシーンでブリジットから粗末に扱われる気の毒な作家は、本人役で出演したラシュディです。あれは、命を狙われる危険性がかなり低くなった時期、潜伏生活の終わりがけに『ブリジット~』の原作者から直々にオファーを受けて実現したそうです。U2のボーカルと仲良くなって彼のアイルランドのコテージに招かれたりもします。


 でも命を狙われている状況ですから、そんな愉快な話ばかりではありません。


 英語だとRushdie Affair、日本では「悪魔の詩殺人事件」と呼ばれる一連の騒動の様子をJoseph Anton: A Memoireから引用してみましょう(生々しい暴力描写がありますので、苦手な人は英語の引用部分を飛ばしてください):


Ettore Capriolo, the translator of the Italian edition of The Satanic Verses, was visited at his home by an “Iranian” man . . . Once the man was inside Capriolo’s home he demanded to be given “Salman Rushdie’s address” and when he didn’t get it he attacked the translator violently, kicking and stabbing him repeatedly, then running away and leaving Capriolo bleeding on the floor. By great good fortune, the translator survived.


警察の護衛付きで潜伏中のラシュディのかわりに、イスラムの刺客は、無防備な各国の出版関係者を襲ったのです。イタリア語の翻訳家は幸い命を取り留めました。しかし次の標的は……(こちらも英語部分には残酷描写があります):


Eight days later, at the University of Tsukuba to the northeast of Tokyo, the Japanese translator of The Satanic Verses, Hitoshi Igarashi, was found murdered in an elevator near his office. Professor Igarashi was an Arabic and Persian scholar and a convert to Islam, but that did not save him. He was stabbed over and over again in the face and arms. The murderer was not arrested.


これは1991年の事件ですが、翻訳者である大学教授を殺害した犯人は現在も捕まっていません。ラシュディは犯人ついて、以下のように綴っています:


Many rumors about the killer reached England. He was an Iranian who had recently entered Japan. A footprint had been found in a flowerbed and the shoe type was only to be found in mainland China. Names of visitors entering Japan from Chinese ports of departure were correlated against the names and known work names of Islamic terrorists, and there was a match, he was told, but the name was not released.


ちょっとわかり辛いのですが、最初のHe was an Iranian who . . .のHeは犯人のことで、最後に出てくるhe was told, but the name was . . . のheは語り手であるラシュディ自身のことです。Joseph Antonでは、三人称のHeを採用してまるで他人事みたいに語るので。読んでいると、このHeは誰だ……って混乱することが度々起こります。


 この「悪魔の詩事件」に対する日本政府の対応は、こんな感じです:


Japan produced no fuel of its own and received much of its crude oil from Iran. The Japanese government had actually tried to prevent the publication of The Satanic Verses, asking leading publishers not to produce a Japanese edition. It did not want the Igarashi murder to complicate its dealings with Iran. The case was hushed up. No charges were brought.


昔も今も「人権」を守ろうという意識が希薄で、ブレがありませんね。真の先進国――フランスやドイツ、アメリカなど――が、イランや他の中東国との関係が悪化することを懸念しながらも最終的には「人権」や「表現の自由」を守るためラシュディをサポートするのとはえらい違いです。

 日本政府の対応についてはこれ以降もたまに言及されますが、終始一貫して触らぬ神に祟りなしとばかりに何のアクションも取らなかったことが明記されています(ブレない!)。このMomoirの翻訳書が日本では出ていないのは、その辺も関係しているのでしょうか。


 表現の自由と同様、信仰の自由は、わが国でも憲法で保障されています。

 しかし、その自由は、他者の自由や生命を脅かす権利までは与えません。わたしは信じているからこの二束三文の数珠を高額で売りつけてもいいなんてことは、信仰の自由の範疇ではありません。おれの神を侮辱したあいつを殺してしまえというのも、もちろん駄目です。


 ラシュディというのは、騒動勃発当初、当時英国でひどい扱いを受けていた移民――大英帝国がブイブイ言わせていた時代に勝手に植民地にされた国からイギリスに渡ってきた人々――のために政府を舌鋒鋭く批判するような人物でした。彼自身がかつての植民地インド出身であり、ケンブリッジ大学を卒業した超インテリですが、『悪魔の詩』には、入管から非人道的扱いを受ける移民のエピソードなども描かれていました。彼を糾弾する人々のほとんどは、小説を読みもしないで批判をしていたと思います(それを読むこと自体が神への不敬になってしまうので)。ラシュディをスケープゴートにしてイスラム教徒が怒りを爆発させたのも、そもそもは西側からひどい扱いを受けていると日頃から鬱屈した気持ちを蓄積させていたからです。


 ラシュディはそういう彼らにとって最強の助っ人、代弁者となれたはずなのに、と思うと残念で仕方ありません。この騒動で得をした人間が一人でもいたのでしょうか。イスラム教徒の中にだって、過激な思想に同意しない人はいたのに、彼等は裏切り者扱いでその声はかき消されてしまいました。日本人翻訳家がラシュディ曰くa convert to Islamであったことを思い出してください。イスラムに改宗した者、つまり彼はアラブやペルシャを研究する学者(an Arabic and Persian scholar)であっただけでなく、イスラム教徒でもあったのに、『悪魔の詩』はイスラムへの冒涜ではないし、翻訳し出版する価値がある本だという彼の声は無視されて無残に殺害されてしまったのです。


 2022年8月、24時間警護が解かれてから20年も経過して、ラシュディがイスラム教徒の若者に襲われたというニュースは驚きであり衝撃でした。こんなことはあってはならないという強い憤りを感じましたが、自分にできることといったら、彼の著作を購入して応援することぐらいです。小説は何冊か読んでいましたが、このMemoirは未読だったので。わたしなりの、表現の自由を脅かすテロ行為に対する抗議活動として。


 襲撃からしばし更新が途絶えていたSNSに彼が復活したのは同年12月。新作の紹介などして元気そうで何より!

 そして2023年2月になって、こんなことを呟きます。


Roald Dahl was no angel but this is absurd censorship. Puffin Books and the Dahl estate should be ashamed.

(参照先:https://twitter.com/SalmanRushdie/status/1627075835525210113?s=20)


 え、検閲(censorship)? 児童文学で有名なロアルド・ダール作品に? ダールは1990年に亡くなっていますが、21世紀にも読み継がれる人気作家の作品が検閲を受けたって、いったいどういうことなのでしょうか。



=====

Salman RushdieのJoseph Anton: A Memoir からの引用は、Random House (2012)のKindle版46-47%からです。


Joseph Antonは、MI5の警護担当から偽名を考えるように言われたラシュディが敬愛する二人の作家、Joseph Conrad(『闇の奥(Heart of Darkness)』の作者)とAnton Chekhov(チェーホフのことです。英語だとチェーコfみたいに発音されます。最後のfは下唇を嚙み隙間から空気を吐き出す音なのでほとんど聞き取れません)から拝借した名前だそうです。

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