Day4 触れる
部下を強く叱責した日の帰り、道路傍に白くてぷるぷるのキノコが生えていた。
そのキノコを視界にとらえた瞬間、私は少年の日のある曇りの空を思い出した。
幼い頃やたらと肝の小さかった私は、何事も眺めるばかりで手を出した事がない少年だった。
路傍の白いキノコ一つ触れる事はせず、ただ遠目に観察して想像するだけ。
エノキやシイタケがしっとりしてて少しひんやりしていたから、名も知らぬこの白いキノコも同じに違いないと思っていた。
近くにあるのに、確認せず、想像で決めつける。
それがどれだけ危うい事か。
数日後、意図せず蹴飛ばした白いキノコは発泡スチロールより軽く折れた。折角だから、とおそるおそる触れてみればカサカサで、湿り気なんてなくて、錠剤の胃腸薬くらい乾燥していた。
なんだかキノコのクセにと腹が立って白いキノコは踏み潰してやった。カシュ、と間抜けな音がしてペシャンコになった。
もうすぐ雨が降りそうな、湿った風が頬を撫でたのをよく覚えている。
何も変わっていなかったんだ、と私は曇り空を見上げて思う。
もちろん身長も年齢も腹回りも変わった。千円札が財宝に見えていた頃とは何もかも違う。
けれど、眺めるだけで一歩踏み出さないまま流されるまま、期待と違う結果に腹を立てる。怒る筋合いじゃないのに八つ当たりする自分は当時のままだった。
今度は優しく触れてみようとキノコに手を伸ばす。
指先が触れた刹那、キノコは根本から倒れてしまった。唖然としてまじまじとキノコを見てしまったが、結局それ以上何もせず家路を急ぐ事にした。明日も早いのだ。
その場所に二度と同じキノコが生えてくる事はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます