夏の誘惑

おじさん(物書きの)

地底より来るもの

 夏休みで帰省したものの、3日も経てば暇なもの。子どもの頃の記憶を頼りに、山に分け入り沢登り。

 岩場を登り視界が開けると、川から上がるものがある。正面にいたためにまともに目があってしまった。

 妖怪——河童。そんな言葉が頭によぎると、それは川の中とは思えないほどの速度で近づいてくる。岩場から飛び降りようかと一瞬の思案で腕を掴まれた。じっとりとしてざらついた感触に怖気立つ。

「まあ落ち着いて話そうか」

 その容姿とはかけ離れた優しく鷹揚な話し声だった。

「人は食わんから」

 そういうと近くの岩に腰掛けた。

 伝え聞く河童をリアルにしたとでもいえばいいのか、その皮膚は蜥蜴のような感じでぬめっとした暗褐色。頭は皿というより瘤のような感じで毛はなく、目は黒目のみ。鼻と耳は楕円の穴が開いているだけだ。突き出た口はくちばしのようなものではなく、まるで蜥蜴のようだ。そう、尾のない蜥蜴人間とでもいうべき容姿。

「怖いか」

「ええ、まあ……」

「なにから話したらいいんだろうな。ま、とりあえず人間に危害を加えたりはしないから」

「はあ」

「君たちは猿から進化したとか言われているが、我々は恐竜から進化したんだよ」

「きょ、恐竜?」

「遙か昔、地球外知的生命体というのかな、彼らが空からやってきて我々の祖先に言ったそうだ。このままでは君たちの種は滅びる、新しい地に行こう、と。新しい星で進化し続け知能がつくと母星が恋しくなったんだね。でも地球にはもう人間が文明を築きあげていて、我々が戻ったところで受け入れられるとも思えなかった。そこで我々は地球にいくつかある巨大地下空間でひっそりと暮らすことにしたんだ。たまにこうして川魚を捕りに出てくるんだが」

「そのときに目撃されて、河童伝説とかそういうものに……」

「そうだろうね。で、我々のことは他言無用にして欲しいのだけど」

「それは——もちろん」

「なんか言いふらしそうだな君は」

「いやそんなっ」

「分かるよ、若い男の子の口止め料はこれが一番だよね」

 そう言うと足を開いて続けた。

「気が済むまで抱いていいんだよ?」

 複雑な、とても言い表せない感情が爆発して走った。

 木の枝が頬を切り裂く痛みも感じないほど死に物狂いに走った。

 振り返る余裕などないが、確実に迫りくるその背後の気配に汗が噴き出し、涙がこぼれる。失禁もしていたかもしれない。

 誰か助けて。

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夏の誘惑 おじさん(物書きの) @odisan_k_k

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