第515話 クニモサレズ 🌌
録画して拝観している『歴史探偵』でタイムリーな題材を取り上げていました。
世界的な詩人で、ヨウコさんが唯一無二と思っている童話作家・宮沢賢治さん。
夭逝するとき手帳に書きつけていたという『雨ニモ負ケズ』の一節を思います。
「ホメラレモセズ クニモサレズ」自然の一環としての理想のスタンスだろうと。
代表作とされる『銀河鉄道の夜』の後半、タイタニック号の遭難(一九一二年)の実話をもとに、他者の命を自分の命よりだいじにしようとする純真な家庭教師の青年のヒューマニズムを綿密に描いた部分もぜひ、生まれついて物語と縁がうすい世代に読んで欲しいと願います。海を知らない淡水魚は海を畏れる心を持てないので……。
🌟
――「氷山にぶっつかって船が沈みましてね、わたくしたちは、こちらのお父さんが急な用で、二か月前ひと足さきに本国へお帰りになったので、あとから発ったのです。わたくしは大学へ入っていて、家庭教師にやとわれていたのです。
ところが、ちょうど十二日目、今日か昨日のあたりです、船が氷山にぶっつかって、いつぺんにかたむき、もう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです。ところがボートは左舷の方半分はもうだめになっていましたからとてもみんなは乗りきらないのです。
もうそのうちにも船は沈みますし、わたくしは必死となって、どうか小さな人たちを乗せてくださいと叫びました。近くの人たちはすぐ道を開いて、そして子どもたちのために祈ってくれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんかがいて、とても押しのける勇気がなかったのです。
それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのがわたくしの義務だと思いましたから、前にいる子どもらを押しのけようとしました。けれどもまた、そんなにして助けてあげるよりは、このまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまた、その神にそむく罪はわたくしひとりでしょって、ぜひとも助けてあげようと思いました。(中略)
そのうち船はもうずんずん沈みますから、わたくしはもうすっかり覚悟して、この人たち二人を抱いて、浮かべるだけは浮かぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。(中略)
どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語でいっぺんにそれをうたいました。そのとき、にわかに大きな音がしてわたくしたちは水に落ち、もう渦に入ったと思いながらしっかりこの人たちを抱いて、それからぼうっとしたと思ったら、もうここへ来ていたのです。
この方たちのお母さんは一昨年なくなられました。ええ、ボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕いで、すばやく船からはなれていましたから」(後略)
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※上記作品をふくめた『宮沢賢治作品集』とJ.R.ヒメーネスの詩文集『プラテーロとわたし』の二冊がヨウコさんの座右の書でございます。もう何十年も車の後部座席に積んで一緒に走っておりますが、こうして見ますと、むかしから自分は静謐な文学が好きだったんだな~、好みはいつまでも変わらないんだな~とあらためて思います。
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