第142話 怖かったけど怖くないこと 🦖
ある小説から鮮烈によみがえったのは、小さな講演会のひとこまでした。そのころヨウコさんは仕事の関係で話し下手なのにそんな場所に立つ機会があったのですが、あるとき、講演後に、百名ほどの来場者のひとりから異議を申し立てられたのです。
――今日の話はおかしい、父祖から聞いたことと正反対で、まことにけしからん。
黒ぶち眼鏡の上の額まで赤黒く染めた高齢男性が司会者の指示も待たずにいきなり怒声を張り上げたので、静かだった会場にぴんと緊張が奔りました。もっとも驚いたのは壇上のヨウコさんで、なにが起こったのか理解するまでに数秒間を要しました。
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その日のテーマは「明治・大正期の製紙工女の暮らし」。製紙王国といわれた地域における工女の生活の実態を、当時の新聞記事や駆け込み寺を設けるなど社会活動に貢献した人たちの記録、さらに工女自身の証言集などの資料で検証する試みでした。
夜明け前から日没まで働きづめに働いても手取り給金はほんのわずかという巧妙な仕組み、副菜は漬け物、たまにヒジキの煮物という粗末な食事を立ったままでとり、幹部や検番からのパワハラ&セクハラは日常茶飯事、病気になれば放置される……。
絶望して鉄道や川に身を投げる工女があとを絶たなかったというが、そんなことは大嘘だ、なぜというに、製糸工場を営んでいた父祖から「工女には家族同然に温かく遇してやった」と聞かされているのがなによりの証拠と、口角泡を飛ばしての熱弁。
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脳内で都合よく淘汰されたのか、その場をどう収めたか覚えていませんが、以降、講演の依頼にはいっそう慎重になり、やむを得ない場合、主催者側が質疑応答時間を設けないように学習したような気がします。あな、恐ろしき、むかしむかしのお話。
が、それで懲りないのがヨウコさんでして(笑)連載していた新聞コラムには相変わらず書きたいことを書いていたので、某団体に「会社に街宣車を横付けするぞ」と脅されたり、匿名の高齢男性に「いまから抗議に行く」と脅迫されたり……でした。
思い出していたら、人気放送作家の白武ときおさんが鍛え抜かれたプロならではの至言を呟かれました「少しのクレームで多くの楽しみを奪われない作り方がわたしのエンタメ」 ← おお、まさにまさに、マジョリティはサイレントですから。(*'▽')
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