第112話 アンダーライン 🔏
加齢に伴走する老眼を恐れた一時は、拡大フリーなkindleに五感を馴染ませようと懸命でしたが、そうすればするほど右脳が忌避反応を示し始め、そのうちに電子画面を開くと吐き気まで感じるようになり、ついにギブアップして紙の本に復帰した……そんなヨウコさんにとっての読書は自身も執筆中のネット小説との二足の草鞋です。
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ある日、たまたまほぼ同時に手にしたのが新旧両作家による文庫&ハードカバーの古書でした。エンタメ小説界で随一とされる文学賞(敢えて断るまでもなく、むろん大人の文学が対象)の受賞作の前者をまず手に取りましたが、ん? なんかちがう、児童文学との狭間に位置づけたいような甘い筆致は求めていたものではありません。
それでも我慢して読みつづけましたが、日々ストレスが募るばかりで読書の目的が台無し。で、とうとう放り出して後者にとりかかったところ、おお、まさにこの格調高いクォリティこそ骨の髄までひたりたかった文学世界そのものではありませんか。
最末席の自分自身をふくめ、現代の書き手のペンが総じて稚なくなっているため、大人の読者に感銘をもたらす底力が乏しくなっている事実をあらためて思いました。
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それはともかく、この大正末期生まれの先達に、じつは一度だけお会いしたことがあるのです。だれかの紹介とかアポイントもなく、とつぜん事務所を訪ねて来られた瘦せぎすな初老の男性は、背負っていたリュックから分厚い大学ノートを取り出すと大事そうに繰ってみせました。そして、思い詰めた顔で出版の援助を請うたのです。
なんなの、この方? 当方だって食うや食わずなのに、いきなり見ず知らずの人に支援をと言われても……当時のヨウコさんの気持ちはそんな感じだったのでしょう。木で鼻を括らないよう気をつけながらお引き取りいただいた苦い記憶がありまして。
そのノートに記されていた記録が無事に本になったことを喜びながらも、不人情な態度に映らなかったろうかと、ときどき気になっていたのですが、あれから数十年を経て作家が黄泉の住人になってから、一冊の古書の手紙が手許に届けられた不思議。
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ヨウコさんの気持ちをゆすぶったものがもうひとつ。四五○頁の大作の随所に引かれた几帳面なアンダーラインは前の持ち主がいかに愛読されていたかの証しであり、恥を忍んで来訪された大先達をお断りした浅学への痛烈なパンチでもあったのです。
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