第77話 作家の受難 🦎



 ふいにちらりと過ぎることがあり、あらら、わたしもこう見えて、まだまだ現役の人間やってたんだね~(笑)不思議な安堵を抱いたりもする、嫉妬という負の感情。


 いやいや、加齢で薄らぐなんてそんな生半可なものではないかもよ~。あらためて身に沁みたのは愛読中の歴史小説作家による率直な述懐を拝読したときのことです。


 加藤廣さんの『信長の棺』『秀吉の枷』に次ぐ『明智左馬助の恋』は光秀の女婿を描く快作ですが、文庫のあとがきにこんな記述……「一部の歴史家や作家に『本能寺に抜け道があったはずはない』などという心ない批判があることは知っている。しかし、それでは信長の遺体はどこに消えたかについて、彼らにはなんの代案もない」



      📚



 エモーショナルを極力排し、からりと乾いた筆致の本文を旨とする作家のものとは思えないウェットな一節。とりわけ「心ない批判」に何度も視線を往復させながら、ああ、そういうことかと、ようやくヨウコさんは理解しました、サラリーマン生活を経て七十五歳でデビューした超遅咲き作家が味わった理不尽な屈辱の悔しさを……。


 本能寺の伽藍とともに滅したと言われる信長の遺骸が当時発見されていたならば、第一の重臣だった柴田勝家の陣頭指揮による葬儀が執り行われなかったはずがない、逆に遺骸の行方を秀吉だけが知っていたと仮定すれば、事後の一連のプロセスのことごとくが腑に落ちる、という著者の推論を全否定する専門家が複数いたようで……。



      🏙️



 正史なるものは勝者の創作に過ぎないという不文律をよそに敢えて素人じみた批判を浴びせた人たちへの疑問符の答えは、同じ「あとがき」の末尾に見つかりました。


 ――日本経済新聞社の『信長の棺』の単行本の初版はわずか四千部でした。それがこの五年足らずで、両社(筆者注:日経&文芸春秋社)の単行本・文庫の延べ累計で百五十万部に達することは、著者はもとよりだれもが予想もしなかったことでした。


 人気作家でも(orゆえに)こんな目に遭うんだね~、ざわざわざわざわ。(*_*; 

 嵐の萩めいたヨウコさんの動悸を整えてくれたのは、さすがの貫禄の〆でした。


 ――無名のわたしの作品を取り上げ(筆者注:『信長の棺』は日経新聞に連載)、文字どおり「職を賭して」出版にまでこぎ着けてくださった日経の担当者の方々にはお礼の申し上げようもございません。「最初に井戸を掘ってくれた人のことを忘れてはならない」という格言を毎日噛みしめて、次回作、次々回作を腹案している昨今でございます。本当にありがとうございました。



      🧵



 人気作家ではない、いえ、その前に、紙の本の作家ですらないヨウコさんですが、まずは自由に書ける場を提供してくださったカクヨムさんに、次いで、最初に井戸を掘ってくださった方、それにつづいてくださった方々へのご恩、決して忘れません。




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