第9話 熱帯夜のあれこれ 🪟





 あまりに暑くて三方の窓を開け放っておいても、ビタイチモンの風にも恵まれず。

 アイス枕にボンノクボを押しつけても、ベッドに籠った熱は容赦なく背中を蝕む。


 こちらの南側とあちらの北側の窓が斜めに向き合うおとなりの高校生の坊ちゃん。

 お年頃らしい深夜ラジオの炸裂トークが、どうとばかりになだれこんで来る。💦




      📻




 どうにも眠れそうもないのでテレビをつけたら、Eテレの読書案内の番組だった。

 若い世代向けではあるが、こういうところに思いがけない宝がひそんでいるのね。


 やっぱり!! 司会だかゲストだかの青年が「きれいな日本語の小説」と微笑んだ。

 これ、きっと好みのタイプの本だ、明朝さっそく古書を調べてみよう。(*''ω''*)




      📚




 番組が終わっても眠れないので、しぶしぶ起き上がりエアコンのリモコンを押す。

 心地よくなるとはまったく思っていないけど、気休めor藁にも縋りたい例のアレ。


 カンカン照りから取りこんだばかりみたいなベッドにもどる気がせず、庭を見る。

 もわっとした湿気にぼんやりと滲む白いかたまりは、量感のあるアナベラの花房。


「この世から三尺浮ける牡丹かな 小林貴子」この句を初見したときの鮮烈な衝撃。

 いつか自分にもこんな句が詠めたら……それまでコツコツと地道な研鑽を積もう。




      🎐




 まったく期待されていない、哀れなエアコン、それでもけなげに働き始めている。

 無理ないよね、とうに十年を越しているんだもの、これでも精いっぱいだろうね。


 何度も思ったことをまた思ってみるが、いまのところ買い換える気にはならない。

 だって、自分ひとりのために何十万もの大枚をはたく贅沢、許せるわけがないよ。


 大切な人たちへの出費はまったく惜しまないが、自分のためには千円すら惜しむ。

 仕事を引退してから骨の髄まで身についた金銭感覚が両手を突っ張って拒否する。


 そうだよ、都会じゃないんだからなんとでも工夫できるでしょう、首すじを冷やすグッズ、日が当たる窓のカーテンを閉める、腹巻きをやめる、アイス枕の補充 etc.


 それよりなにより「美しい日本語で丹念に紡いだ静謐な文学作品」を傍らに置いて心に清らかな涼風を招じたい……愉しく考えていると、窓外は白く明け初めていた。




      🐕




 トラジロウちゃん、おっは~!! 元気してた~? 厚い毛皮の老犬は尻尾を振って迎えてくれ、かなり年下の独り暮らしの女性がテラスから手を振ってくれる。(^^♪


 今日も猛暑らしいけど、なあに、本の楽しみがあるから、朗らかに乗りきれるよ。

 まこと活字中毒のヨウコさんにとって上質な小説にまさるカンフル剤はないので。




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