第13話 すてきな先生とそうでない先生 🗾
予告もなく、とつぜん現われた一節に全身の血が駆けめぐる、そんな稀少な小説にたまたま遭遇できると、本読み冥利に尽きるし、人生の意義さえ感じることになる。
――この大学病院の医者っていうのが真面目を絵に描いたような若い女医で、母の線の細さに気づかず、父の了解も得ず、手術で取った腫瘍のポラロイド写真をお見せしましょうか、なんて言ったらしいんです。 (南木佳士さん『海へ』)
医学部時代の友人のむすめが、卵巣腫瘍の手術のあと精神バランスをくずした母親について語る場面で、うっと息が詰まったのは、あふれる共感を扱いかねたからで。
女性医師の同性患者への無配慮について、身近な周囲から何例も聞かされている。
心ない言葉に傷つけられ、それを抱えたまま生きている若い人たち、いたましい。
ちなみに、某小説に「患者はみんな医師に気をつかっている」という一節があり、思わず深く首肯していたのは、心療内科医にも本音を打ち明けられなかったからで。
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もう一か所、別の意味で、頭髪から足の先まで熱い血が駆けめぐったのは、先述のむすめさんが通っている高校の教師について極めて客観的な視線で語る場面だった。
――教師たちはがんばらないと一流大学に合格できないぞって脅すんですけど、がんばったところでおまえたちかよっていうような容姿も言葉も貧相な人たちばかり。
(同書)
然り、まさに然り、まさにまさに然り然り !! T大やK大出身を鼻にかけ、傲岸を絵に描いたような中年壮年高年男性たちの冴えなさといったら語るもいやなほどで。
そのひとりがある日とつぜんヨウコさんの事務所に乗りこんで来て、ドアを開けるなりこんにちはの挨拶もなく(笑)ひとりの女性スタッフを指さして叫んだのです。
「おい、宮沢くん、きみはいったい、こんなところでなにをしているんだ?!」だれもひと言も発しなかったあの場面は、屈辱の塊に凝結し、いまだに色褪せていません。
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でも、どの世界もそうであるように、医療従事者の資質も性別ではなく個人の問題であることは言うまでもありません。つぎは拙連載『Haiku物語』からの転載です。
第80話 片方の折れて人待つブーツかな
連日いやなグラフが伸び続けている東京都のコロナ感染警戒レベルが最高ランクに引き上げられたそうで、ニュースやワイドショーはその話題で持ちきりのようです。
ですが、まだ夏の盛りのころから、かかりつけの心療内科の医師に、
――いまは低くても、晩秋には相当な数字になる、というのがわれわれの共通認識です。とりわけ呼吸発作の前歴があるあなたに、Go Toなどはもってのほかですよ。
きびしく警告されていましたし、地域医療を担う中核病院の内科医長夫人の友だちからも同じことを言われていたので、比較的、冷静に受け留めてはいるケイコです。
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それにつけてもなつかしく思い出すのは、むかしお会いしたある女性医師のこと。
かつて保護犬活動の取材をしているとき、ある保護団体から紹介された保健所長の部屋を訪ねてみると、作業衣に長靴履きの男性職員連の陣頭指揮を執っていらしたのは、ほっそり華奢で小柄、それまで会ったこともないほど美しい女性医師でした。
ケイコよりふたまわりほど上の大先輩でしたが、なぜか初対面からウマが合って、仕事が済んでからも、プライベートで手紙やメールでの交流がつづいておりました。
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その女性医師が、定年退職を機に自宅を処分し、九州の離島に移住して地域医療に当たりながら、島の子どもたちのためのボランティア活動を開始すると聞いたときは驚きましたが、嫋々たる見かけと異なり芯の強い方でしたから納得でもありました。
時間が少しもどりますが、ある真冬の日の午後、「これから県庁で会議があるの」と大急ぎで地味な保健所長の上着を脱いで、パープル系の上品なコートを羽織られ、細身のブーツを履いてエレベーターに乗られた、あの場面がいまも忘れられません。
温暖な九州ではブーツの出番はないかもしれないし、それにブーツを履かれる年齢ではないかもしれないと思いながら、もう歳だからと年賀状の交流が途絶えてからも心から尊敬申し上げている聡明で心やさしい先生のご多幸をご祈念するケイコです。
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