第37話
美雨が教室へやってきたとき、クラスは静かに色めきだった。特に男子の反応は顕著で、愛くるしい彼女の容姿に、目を奪われているやつも一人や二人ではなかった。
勝ち気で綺麗系な美人の舞雪と、不良っぽいわりにお洒落でひかえめな斜森さん。
そんな我がクラスのマドンナ二人に対して、美雨は内気で正統派な美少女といった案配だ。奥手で異性と絡みのないタイプにしてみれば、まさに漫画から飛び出してきたヒロインみたいに見えるだろう。クラスではいちばん距離の近い俺でさえ、美雨の素のキャラクターは未だにつかめずにいるのだけれど、たぶんこの引っ込み思案なくせにお茶目な感じが、彼女の本来の性格に近いのではないか。
「えー、山下さん、もう帰っちゃうのー?」
「またいつでも戻ってきてね」
給食の時間に、はじめて教室に顔を出した美雨は、お昼休みの終わりを待たずに相談室へ戻ってしまった。それでも、彼女にとっては大きな一歩だ。わからないけれど、たぶん相当な勇気がいったのではないか。
その日の放課後、俺は岩じいの説教を覚悟で部活を遅刻し、美雨に会いに相談室へ行った。カウンセリング用のソファセットには、ナツキちゃんと美雨の姿があった。二人とも真剣な表情で、何かを話し合っている。
「やっほ、颯太くん」
ナツキちゃんが先に気づいて、俺に手を振った。
「出直したほうがいいですか?」
「え、いいよね? 颯太くんにも聞いてもらおうよ」
美雨は、うん、と小さな声で頷くと、振り返って俺を見つめた。
「なになに、どうしたの?」
俺は入口の間仕切りを越えて、美雨の隣に座った。
「ほら、美雨ちゃん」
「実は、私、北高に行きたいなって思ってて。だけど内申点が悪いだろうから、それで教室に行こうって思ったんだけど」
「それで今日、来てたんだ。実は俺も北高に行きたいって思ってて、でも俺の成績だとね」
「え? 中沢くんも北高志望なの?」
「あそこは美術部の活動が盛んだから」
俺は美雨にパレードの絵を描いたときから、北高の受験を考えていた。つまらない理由で挫折していた俺に、彼女が絵の楽しさを思い出させてくれたから。
「わー、嬉しいな、二人で同じ高校に通えるといいね」
「でも俺にはレベルが高くて。美術系の専門も考えてるんだけど、そっちはそっちで、誰でも入れるところだし、先生や親にはつぶしが効かないって言われてて。美雨は、成績的には問題ないの?」
「まあ」
「美雨ちゃんはこう見えて優秀なんだよ?」
「こう見えてってどういうこと?」
「そうなの?」
意外に思って訊き返すと、美雨は不満そうに頬を膨らませた。
「もう、中沢くんまで! 私ってそんなに馬鹿っぽく見えますか?」
「なんで敬語なの?」
「中沢くんが馬鹿って言うからです」
「言ってない!」
「まあまあ、そういうわけで、今後はちょくちょく、美雨ちゃんが教室へ顔を出すことになると思うから。颯太くんたちは、もし美雨ちゃんが困ってたら、ぜひフォローしてあげてね」
「それはいいですけど」
「ほら美雨ちゃんも怒ってないで、あれのお願いはよかったの?」
「あれって?」
「う、その、ごめんね中沢くん、実はもう一つだけお願いがあって……」
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