第18話

「なんで無視したんだよ」

休み明けに登校するなり、俺は舞雪に詰め寄った。


「何よいきなり」

「土曜に駅にいただろう? 山下さんが呼んでたのに」

「あら、あんたたちもいたの?」

「とぼけるなよ。俺だって大声で呼んだし、聞こえてたろ?」

「本当に美雨とデートしたんだ?」

「関係ないだろ。話を逸らすなよ」

「颯太がどう思ってるかは知らないけど、先に無視したのは美雨のほうだから」

「そう言えば、山下さんもそんなこと言ってたな」

「……え、美雨が?」

舞雪は虚をつかれたように呟いた。

心なしかその表情は、迷子になった子供みたいで。


「おはよう、ユキー。中沢くんもおはよ」

斜森さんがやってきて、舞雪との会話は中断となった。

「んー? 二人ともどうかした?」

斜森さんが、俺と舞雪を交互に見つめる。

「颯太が、美雨とデートしてきたんだって」

「お、どうだった?」

「デートって……、一緒に出かけただけだよ」

「それをデートって言うんでしょうが」

「そうだよ、楽しかった?」

「おかげさまで。服も褒めてもらったよ」

「それは何より。私もお手伝いしたかいがあったな」

斜森さんは笑って、アッシュグレーの髪を耳にかけた。


「何話してるんだ?」

大地が教室へやってきて、俺の横に立つ。

斜森さんは警戒するように、半歩さがって距離を取った。

「あの、さすがに傷つくんだけど……」

大地は気落ちしたように嘆いた。

「いい加減になれなさいよ、二人ともさ」

「つか、なんで颯太は平気なんだ?」

「見た目が子供だからでしょう?」

「舞雪!」と俺は声をあげた。

「冗談よ。そんなにムキにならないで」

そのときチャイムがなって、俺たちはそれぞれの席に戻った。


放課後になると、俺は山下さんに会いに相談室へ行った。部活はちょうど休みだったし、舞雪とのことも気になっていたから。


「美雨ちゃんなら、今日はお休みだよ」

俺を迎えたナツキちゃんは、けれど残念そうに肩をすくめた。

「何かあったんですか?」

「べつに欠席は珍しくないよ。逆に何かあった?」

「いえ……」

「んー? もしかして、こないだのデートで何かやった? 無理やり手を出したとか」

「しませんよ!」

「じゃあ恥をかかせたとか?」


俺は水族館でのことを思い返した。水に濡れたせいで、下着の透けるハプニングはあったけれど……、あれは俺ではなくシャチがやったことで。


「おー? 何か心当たりが?」

「違います!」

「ならただの気まぐれだな。美雨は雨が降るだけで休んだりするし、よくあることだから、心配いらないよ」

ナツキちゃんは片目をつむって微笑んだ。


けれどその週の木曜に会いに行っても、山下さんと話すことは叶わなかった。ナツキちゃんによれば、今週は一度も登校してきていないらしい。


「ちょっと心配だね。体調崩しちゃったのかな?」

「山下さんって、なんか病気なんですか?」

「さあ、私もよく知らないけど、ちょっと繊細な感じはするよねえ」

ナツキちゃんはとぼけるようにそっぽを向いて、それ以上は何も言わなかった。


次の日、朝のホームルーム終わりに、担任は俺と舞雪を呼び寄せて言った。

「お前たちで、山下に修学旅行のしおりを届けてやってくれないか? このところ相談室にも来てないようだし、俺が行っても、会ってくれなくてな。二人は行動班も同じだし、家もそう遠くないだろう」

「颯太だけじゃダメなんですか?」

舞雪は不満げに抗議した。


「男だけで女子の家に行かせるのはな。かと言って、川上だけだと帰りが危ないし」

「そうですか」

舞雪はいかにも不服そうに頷いた。


――私ね、たぶん修学旅行にはいけないよ。


休み時間に、山下さんのしおりの記入欄を埋めながら、俺は彼女のことを考えた。こないだの切なげな言葉が頭をもたげて、ふいに胸が苦しくなる。


「なにボーっとしてるの? 早く行くわよ」

放課後、俺は舞雪に急かされて、連れ立って山下さんの家へ向かった。

自転車で先を走っていると、

「どうして颯太が、美雨の家を知ってるのよ」

学校から少し離れたあたりで、舞雪がヘルメットをずりおろして言った。長い黒髪が、風に吹かれて艶やかに揺れる。


「こないだ送っていったんだ」

「デートはどこに行ったの?」

「水族館」

「へえ」舞雪は唇を尖らせて言った。


マンションに着くと、俺たちは自転車をとめてエントランスに入った。

「しまったな」

俺はオートロックのパネルの前で頭を抱えた。「部屋の番号を聞いてなかった」

「302」

「本当に?」

「どうして嘘つくのよ」

「なんで知ってるの?」

「昔はよく来てたから」

舞雪は気のせいか寂しげな目をした。

 

番号を入力して、応答を待つ。が、いつまで待っても、コール音が鳴り響くばかりで、ドアは開錠されなかった。


「きっと私がいるからね」

舞雪は踵を返して、出口へ歩いた。


「留守なだけだろ」

「学校休んでどこに行くのよ。きっとカメラで見てるんだわ」

「お前ら何があったんだ?」

俺は舞雪のあとを追って尋ねた。


「颯太には関係ない」

「たしかにそうだけど」

「ああもう! ムシャクシャする。ねえ颯太、ちょっと付き合ってよ」

「どこ行くの?」

「ダンスなんてどう?」

「いいね」

俺たちは笑って、自転車のスタンドを蹴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る