響き渡るは四重奏
わふにゃう。
第1話:日常
何もかもを流してしまいそうな大雨の中を、僕は傘も差さずに一人で立っていた。
足元に転がる、用済みになったモノを無感動で見つめる。
―――今回もまた、これのおかげで当分は生きていられるだろう。
もはや名前すら思い出せない男の死体を後にして、僕はその路地裏を出た。
人がいるのかどうかも分からないような寂れた商店街を抜け、住宅街に入ってすぐの所に僕の家は立っている。
両親は既に他界しており、今は一人暮らしだ。
家に入って、和室に置いてある仏壇に手を合わせる。
何分そうしていただろうか。
やがて顔を上げると、僕はシャワーを浴びるために浴室へと向かった。
唐突な告白をさせてもらうところから始めよう。
僕は、吸血鬼である。
吸血鬼 と聞いて多くの人が想像するのは、文字通り「血を吸う鬼」だろう。まったくもってその通りだ。
生きるために人を殺し、血を吸う。
それが、僕という存在だ。
昔は空腹になれば見境なく人を殺していた。
だが、今は罪を犯した人をターゲットにして血を吸っている。
だからといって人を殺すことが人間社会の表で認められる訳ではないのだが……それでも普通の殺人鬼よりかはマシであると思う。
いや、そうとでも思わないと胸が張り裂けそうだった。
血の匂いがしなくなるまでしっかりと体を洗った後、僕はリビングへと戻ってきていた。
飲み物でも飲んでリラックスしようかと考え、冷蔵庫を開ける。吸血鬼であっても人間の食べ物や飲み物は摂る――というか、必要だ。そういった食事に関することなどの感性も人間に似たり寄ったりで、別に「訳のわからない化け物」という訳ではない。
冷蔵庫を漁っていたその時、僕のスマホから着信音が響いた。
「もしもし」
「もしもし、私だよ、私」
「……オレオレ詐欺みたくなってますよ、風華さん」
電話をかけてきたのは、黒柳風華。地方裁判所の女性裁判官だ。
「今回の仕事も上手くいったみたいだな。今日はもう遅いから、金は明日のうちにお前の口座に入れとくぞ」
「仕事、ですか」
その表現には、やはり慣れないものがあった。そのニュアンスを感じ取ったのか、風華さんが尋ねてくる。
「何かおかしいか?生きるために仕事をするのは人間も同じだ」
「それはそうなんですけど、そういうことじゃなくて……」
「あのな、私が好きで人を裁いていると思うか?」
予想していなかった言葉に、思わず沈黙してしまう。
「答えは、NOだ。自分の言葉が被告人の未来を決めてしまうからな。死刑判決を出す時が一番苦しいさ。たとえ裁かれるヤツが根っからの悪人だったとしても、だ」
「……あなたがそんなことを言うとは思ってもいませんでしたよ」
「お前ならこの気持ちが分かる、と思ったから言ったんだ。なぁ、お前もそうだろう?」
「そうなんでしょうか」
わかっている。自分が人を殺しているという事実に目を向けようとしていないことぐらい。その事実に背を向けて、逃げ出そうとしていることぐらい。
「そうやって認めないでいたら、いつかお前は苦しむことになるぞ」
「別に構いませんよ。吸血鬼としての自覚が芽生えた時から、もう僕の前には茨の道しかないんですから」
「そうか。まぁ、近いうちにターゲットリストを送っておこう」
「ありがとうございます」
「いいか、私はお前を生かす手伝いをしているんだ。それを分かってくれ」
そう言って、電話は切れた。
その日の朝。僕は、久しぶりに夢を見ていた。
まだ自分が家族と幸せな日々を送っていた頃。
薄っすらとモヤがかかっていたが、両親の笑顔だけははっきりと見えた。
もう、あの頃は戻ってこない。
きっとこれからも、ずっと。
***
腹が空腹を訴える音がした。人の感じるものとはまた違う、また別の――言うなれば、第二の空腹感。
もうそろそろ、血を吸う頃か。
気づけば、前に吸った時から既に二週間がたっている。
太陽はもう西の空に沈んでいた。……ちょうどいいと言っても過言ではない時間。
「行くか」
一人呟くと、長ズボンに黒パーカーを着込んで僕は家を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます