夢と現実と、少しの嘘と

だいのすけ

水族館で描く未来とそこにある現実

「ごめん、待った?」

駅での待ち合わせ時間から10分遅れて、中野恵が走ってくる。日差しが照りつける中走ってきたので汗をかいている。

俺、佐野光一は笑顔で応える。

「いや、俺も5分遅れたから大丈夫」

「こんな暑いのにごめんね。よしじゃあ行こうか」

俺達は同じ高校の三年生。半年前に付き合いだした彼氏彼女の関係である。恵はボブヘアがよく似合う可愛らしい女の子で、ハンドボール部に所属していた。俺はバスケ部に所属していたが、お互い既に引退試合が終わったため、後は受験に集中するという段階になっている。

たまには気分転換でデートしよう、という話になり土曜日にやってきたのが、水族館だ。この水族館は田舎にあるので駅からバスで行かなければならないのがネックだが、淡水の魚しかいない珍しい水族館で、多様な魚がいることから人気がある。


俺らはバスに乗り込み、1番後ろの席に座った。

「ふー、疲れた。最近勉強はどう?」

「うーん、まあまあかなあ。模試の成績は結構良かったから継続しないとなあという感じ」

「お、何判定だった?」

「B判定だよ。恵は?」

「私はD判定。一緒の大学に行きたいのに厳しいなー」

俺達は一緒の大学に行こうと約束していた。しかしD判定では少し合格は難しいかもしれない。恵は落ち込んだ顔で話す。

「大丈夫さ。ここからぐーんと伸びれば問題ないよ」

「そうだね、頑張る!」


未来の話を楽しそうにする恵の横顔に、俺は申し訳なく思っていた。なぜなら俺は今日を最後のデートとして恵と別れるつもりだからである。理由は単純で、他に好きな人ができたから。最近塾で出会った子を好きになってしまった。何かを恵と比較するわけではないが、恵よりも気持ちはその子に向いている。そんな状況で付き合い続けるのは不誠実だろう。


そんなことを考えながら話をしていると、目的地のバス停に到着した。俺達はバスを降り、水族館へ向かう。

「暑いねー、まだ7月なのに真夏みたい。去年より暑くない?」

「確実に暑い。この調子だと来年とかもっと暑いんじゃないか?」

「かもねー。来年はプールに行きたいな。暑い時はやっぱりプールだな、って思うんだ。水が冷たくて気持ちいいよ」

「そうだな、無事に受験終わったら一緒にプールに行きたい。ウォータースライダー乗りたくなってきた」

「いいねウォータースライダー。後浮き輪も買わないとね。ぷかぷか浮くのも気持ちいいと思うんだ」


水族館に着いたので、チケットを購入する。ここは俺が全額支払う。まあ安いしね。

「さんきゅー光一。後でジュース奢るね」

「ああ、それで頼む。俺はコーラ飲みたい」

「わかった!」


水族館の中を見て回る。入り口には金魚や鯉など日本の魚が並ぶ。

「綺麗だね。色々カラフルな魚がいるよ!金魚って赤色以外もいるんだねえ」

「海外では金魚って日本の魚として人気あるらしいよ。形も色も色々だからコレクションにも良さそうだよね」

「あ、そうだ。私来年夏祭りで金魚すくいしたい! で、金魚を家に持ち帰って飼育するんだ」

「いいね、金魚すくい。でも飼育とかできる?水換えとか大変だぞ?」

「大丈夫、大丈夫。私まめな性格してるから多分ペットのお世話もしっかりできるタイプだと思う!」

「ほんとかよ」

二人でケラケラ笑いながら奥へ進んでいく。奥へ行くと海外の淡水魚がお出迎えだ。ガーやナマズといった大きな魚から、コリドラスのような小さな魚まで多様な魚がお出迎えしてくれる。

「見て見て!この魚すごいかわいいよ」

「ああ、かわいいな。目がクリクリだな」

俺達は一匹一匹眺めながらゆっくり奥へ進んでいく。この時間を楽しむために。恵は未来を思い描いて。俺は別れの準備として。俺と恵が共に過ごす未来はないだろう。ただ、ここでそれを伝える必要がない。今日はしっかり楽しもう。必要な嘘だ。


「あー亀がいっぱい居る!可愛いね」

「触っていいらしいよ、持ってみたら?」

「おー、亀も可愛いですな。亀すくいもあり?」

「亀は長生きだからなあ、金魚より飼うのは大変そうだぞ」

「それはそれもありだよね。二人がおじいちゃんおばあちゃんになってもまだ亀は元気なんだ。で、「これは夏祭りですくった亀」だといつまでの懐かしい気分に浸るの。それもなんかお洒落じゃない?」

「そうだな、そう考えると確かに、長生きというのもいいかもな。でも金魚も亀も飼うのは大変だからどっちかにしなよ?」

「そうだね、考えとく!」


亀との触れ合いを終えた俺達は熱帯魚のコーナーに到着する。トロピカルな魚達がたくさん泳ぐ水槽が並んでいる。

「うわー、すごい綺麗。この魚達はオーストラリアにいるんだって。オーストラリア行ってみたいなあ。ダイビングとかしたら気持ち良さそう」

「そうだな、ダイビングは修学旅行で《《》》やったけど気持ちよかったぞ。船酔いは最悪だったけどな」

「私もカヤックじゃなくてダイビングにすればよかったー。でも船苦手なんだよねえ。でもダイビングはしてみたいなー。うーん大学生になったら船酔いしなくなってるかな?」

「まあ、酔い止めの薬を飲めばいいんじゃないか?飲んでたやつはみんなピンピンしてたからな」

「そうなんだ。じゃあ来年の目標にオーストラリアでダイビングを追加! バイトしないとねえ」

「いいね、オーストラリア。俺も行きたい。でも相当バイトしないとな。」

「気合い入れてバイトするよ! 居酒屋とかでバリバリ働くんだ」

「まあそれはそれだ大学生っぽくていいな」

「でしょ、でもどうせ働くなら制服が可愛いところがいいな。カフェとかかなあ?もしくはガールズバーとか?」

「恵に夜の世界で働く気概があるとは思えないんだが。そもそも夜苦手だろ?」

「確かにそうだった。10時以降働くのは無理だなー。そう考えると居酒屋も厳しいかあ。これも考えとかないとね」

「まあ大学生になってからでいいんじゃないか?急ぐ必要はないよ」


一つ一つ水槽を見るたびに楽しそうに未来の話をする恵。相槌を打つ俺。なるべく嘘はつかないようにしているが、どうしても未来の話には嘘が混ざる。夢は二人で過ごすことという恵と現実を見据えている俺の間にはどうしても嘘という架け橋が必要なんだ。


とうとう最後の水槽を見終えて、出口に到着する。

「あー楽しかった。勉強ばっかだと疲れちゃうから、たまにはこういう日も大事だね」

「そうだな。俺も明日から勉強頑張れそうだ」

「私も!頑張らないとねえ」


俺達はまたバスに揺られ駅に到着する。気づけばもう夕方だ。

バスから降りて一緒に歩き出す。恵は俺の少し後ろを歩いてくる。それはいつもの光景だった。そして、歩いている恵に背中をトントンと叩かれる。


「あのね、光一に伝えないといけないことがあるんだ?」

「ん、どうした?まさか親の転勤で海外に行くとかか?」

「そんなんじゃないよ、真面目な話。私ね……好きな人ができたの。同じ塾の人。違う学校なんだけど優しくて話も面白くて好きになっちゃった。光一が嫌いになったっていうわけじゃないんだけどね。だから別れたい」

「え……さっきまで未来の話いっぱいしてたじゃん。あれは嘘だったの?」俺は自分も別れを切り出すつもりだったのに、そんな事を口にしてしまう。さっきまでの恵も嘘をついていたのか?


「違うよ。あれはほんと。

確かにさっきまでの会話において主語はなかった。俺と過ごしたいという話だと思っていたが、主語は他の男の子だったということか。


「ごめんね、思わせぶりなことをして。今日は私の気持ちを確かめたかったんだ。本当は誰と過ごしたいのかをね。それで色々考えているとやっぱりその男の子と一緒に未来を過ごしていきたいと思っちゃった。ごめんね、思わせぶりな女で」


恵は夕焼けによく似合う美しい笑顔をしていた。ああ、この笑顔は現実であってほしい。そう強く思った。

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夢と現実と、少しの嘘と だいのすけ @daicekk

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