第132話 狩人の狩場


《レティシア・バロウオードラン視点Side


「ハァ……ハァ……!」


 ――エステルと逸れた私は、ラキとローエンの下へと向かっていた。

 全速力で、息を切らしながら。

 

 ……フィグの発言が嘘でないとすれば、今頃あの二人もAクラスの生徒と交戦中。


 迂回路を進んでいたカーラとシャノアも、既に足止めを受けてしまっていると考えるのが妥当でしょう。


 エステルの言った通り、正攻法と言えるプランAは失敗。


 こちらの動きが筒抜けになっては、誘導や奇襲など仕掛けようがないもの。


 理想的な勝ち方はもはや不可能となったけれど――ならば、作戦を〝プランB〟に変更。


 私たちFクラスの動向が監視され、Aクラスに伝えられるという事態は、最初から想定の内だった。


 ラキやローエンが事態を把握できているのかはまだわからないけれど、おそらくカーラとシャノアは作戦がプランBに移行したことに気付いているでしょう。


 背後を取るために迂回しているチームがあるなんてAクラスが知れば、いの一番に生徒を迎撃に向かわせるはずだから。


 今頃、彼女たちも激しい戦いを繰り広げているかもしれない。


 ――そんなことを考えている内に、ラキとローエンが作戦を展開している場所付近まで到着。


 しかし……私はすぐに違和感・・・に気が付く。


 …………静かすぎる。


 地面を駆け抜ける足音、武器と武器が噛み合う金属音、張り裂けるような叫び声――そういった戦いの音・・・・が、なに一つ聞こえてこない。

 

 変だわ……ここであの二人は陽動を行っていたはずなのに……。


「ラキ……? ローエン……? 一体どこに――むぐッ!?」


 不思議がって洞窟ダンジョンの中を歩いていた私だったが――突如、何者かに口元を掴まれて岩陰に引っ張り込まれる。


 私はすぐに応戦しようと、魔力を練ったけれど――。


「シィー! 落ち着いてレティシアちゃん、ウチだよウチ!♠」


「! らひラキ……!」


 モゴモゴ、と押さえられた口で彼女の名を呼ぶ。


 岩陰に身を潜め、私を引っ張りこんだのはラキだった。


 彼女は自らの唇に人差し指を当て、大声を出さないようにと私に伝えてくる。


 そんな彼女のジェスチャーを見て、黙ろうとした私だったが――ある物を見て、とてもではないが声を押し殺せなくなった。


 ラキの――彼女の左肩には、長い弓矢・・が突き刺さっていたのだ。


 刺さった場所からは真っ赤な血が流れ、衣服を深紅に染め上げている。


 私はどうにか口元からラキの手を放し、


「ぷはっ……! ラキ、あなたその弓矢……!」


「ニャハハ……レティシアちゃんの予想通りだよ……♣ 死傷避けの魔法陣が効果を失ってる。今ウチらがやってるのは、モノホンの殺し合いってワケ……♠」


 そう言って、青ざめた顔で微笑を浮べて見せるラキ。


 ――いけない。

 急所は外れたにせよ、このまま放っておけば命にかかわる。


「待って、今すぐ手当てを……!」


「お、落ち着いてってば。ウチならまだ平気! 幸い毒とかは塗られてないみたいだから……♦」


 ラキは慌てる私に対して「それより、さ」と話題を変え、


「レティシアちゃんがここに来たってことは、やっぱプランAは失敗ってことなんだにぇ……♣」


「え、ええ……。私たちの動きが筒抜けになってる。エステルは今、Aクラスのフィグを抑えてくれているわ……。こっちの状況は?」


「も~最悪だよ……ウチはこの有り様だし、ローエンとも逸れちゃうしさぁ……♠」


 彼女はクロスボウを右肩に置き、額から冷や汗を流しつつ引き攣った笑みを浮かべる。

 その様子からして、彼女が激痛を必死に我慢しているのは明白だった。


 ……こんな状態のラキを放っておくなんて、私には耐えられない。


 私は回復魔法に覚えがあるから、矢じりさえ引き抜いてあげれば――




『…………匂う・・ぞぉ……〝女狐〟の匂いだ……』




「――っ!?」


『獲物がもう一匹……狩場に入ったか……。〝狐狩り〟はまだまだ楽しめるというワケだ……ククク……』


 ――どこからともなく聞こえてくる、くぐもった男の声。


 声が洞窟ダンジョンの中で反響するせいで、居場所が特定できない。


 だが少なくとも――見られている・・・・・・


 視線を感じる。

 それもベッタリと粘り付くような。


 同時に感じる、背筋をなぞるようなゾッとする寒気……。


 文字通り、狩人に狙われる獲物になった気分だ。


「……ラキ、あなたが対峙していた相手は――」


「そ、狩人出身の〝狐狩り〟ガスコーニュ・バセーテ……。ウチらは今、アイツにとっての獲物ってワケ……♣」


 ――〝狐狩り〟ガスコーニュ・バセーテ。


 王家や諸侯貴族たちが定期的に開催する〝狐狩りスポーツハンティング〟を代々引率するバセーテ家の跡継ぎにして、「その腕前当代一」とまで称されるほどの凄腕の弓使い。


 その手腕たるや、一キロ以上先の小動物を正確に射殺せるほどだとか……。


 加えて狩人という職業柄、待ち伏せアンブッシュの技術に関しても卓越した技術を有していると聞く。


 私自身は〝狐狩りスポーツハンティング〟に参加したことはないけれど、昔参加したお父様が「バセーテ家の人間は皆優れた狩人だ」と称賛していた。


 こうして狙われる側・・・・・の身になってみると……お父様の言っていた言葉の意味を嫌でも実感するわね。


 私はスゥッと息を吸い、


「――ガスコーニュ! ガスコーニュ・バセーテ! 聞きなさい!」


「ちょっ!? レ、レティシアちゃん……!?」


 突然大声を出す私に驚くラキ。

 でも私は声を止めず、


「この洞窟ダンジョンは今、死傷避けの魔法陣の効果が消えているわ! このまま戦えば、ただの殺し合いになる!」


『……』


「もしなにも知らないというのなら、一旦弓を収めなさい! 私は無駄な血が流れるのを見たくない!」


『……弓を収めろ、だと? お断りだ……』


 またどこかから、くぐもった声が響く。


『俺は〝狩人ハンター〟だ……。一度狙った獲物は、決して逃がさない……。例えそれが人であろうと、獣であろうと……』


 ……やはり声は洞窟ダンジョン内で反響し、音源が特定できない。


 この声に全身を包まれているような感覚は、得も言われぬ気持ち悪さがあった。


『それに……俺は〝殺し合い〟などしない……。俺がやるのは一方的な〝狩り〟……血を流すのはお前らだけだ……』


「……それは、〝なにがあっても戦う〟という宣誓と捉えてよろしいかしら?」


『ククク……戦いになどならんさ……。女狐二匹程度、すぐに仕留めて――』


「あら、まだお気付きでないのね」


『…………なに?』


 ――私は改めて、体内で魔力を練る。


 いつもならアルバンが荒事を担当してくれるから、私が暴れる・・・機会はそうそうないのだけれど……。


 でも〝無力な女狐〟と思われっぱなしなのは癪ですもの、ね。


 それに今日は――初めから思い切り暴れるつもりで来たのですから。


「いいわ……どちらが本当に〝狩られる側〟なのか――そして女狐・・の本当の恐ろしさを、あなたに教えて差し上げましょう」



――――――――――

ガスコーニュの名前はとある「足の短い可愛らしい猟犬」が元ネタですが、本作のガスコーニュは別に短足ではありません。

あしからず|ω`)


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