第86話 大義名分ができたわね


「――これが、僕が調べた全てだ」


 イヴァンが語り終えると、喫茶店の中がシンとした沈黙に包まれる。


 数秒間の静寂の後、最初に口を開いたのはレティシアだった。


「つまり……マティアスは今、ウルフ侯爵家の家督争いの渦中にいる――ということね」


「ああ、父親であるコーウェン侯爵が危篤状態らしい。実兄のナルシスは、既に家督相続に向けて親族や関係者貴族を取り込みに動いているようだ」


「ウルフ侯爵家当主になるということは、その莫大な財産をも受け継ぐということ。あの家は昔から親族間での争いが絶えなかったとも聞くし、マティアスの悩みも推して知るべしでしょう……」


 ふぅ、と悩ましそうに吐息を漏らすレティシア。


 ……もしかしたら、彼女はマティアスの気持ちが少しわかるのかもしれないな。


 バロウ家に生まれた公爵令嬢として、レティシアも下らない権力争いに巻き込まれてきた身だ。


 マウロの件然り、これまで王族の誰かに命を狙われ続けてこと然り。


 権力あるところに争いあり。

 ホント、心底下らんな。

 反吐が出る。

 

 マティアスの奴もかわいそうに。

 流石にちょっと同情するよ。


 けど、な――


 イヴァンはグッと拳を握り締める。

 力強く、どこか悔しそうに。


「彼は……僕にすら家督争いのことを話そうとはしなかった。全部一人で抱え込んで……バカな奴だ……!」


「イヴァン、あなた……」


「……こんなことを頼むのは、分不相応であると自覚はしている。だが同じクラスの友として、どうか力を貸して――!」




「断る」




 ――イヴァンの言葉をバッサリと遮り、俺はただ一言そう発する。

 明確な拒絶を突き付けるように。


 そんな俺の言葉を聞いて愕然とするイヴァン。


 だがそれ以上に驚きの表情を見せたのはレティシアだった。


「――!? アルバン……!?」


「断るというか、ダメだ。レティシアを危険に晒すつもりはない」


 は~面倒くさ、と悪役らしく耳の穴を小指でかっぽじる俺。


 ――イヴァンの言わんとしていることは理解できる。


 確かにマティアスはFクラスの一員であるし、俺にとっちゃ部下でもある。

 別に好き好んで見捨てたくはない。


 けどな――それでも俺にとっちゃ、レティシアの安全の方が大事だし重要なんだよ。


 ウルフ侯爵家のいざこざに安易に首を突っ込んで、もしもレティシアの命が狙われるようなことがあれば――


 無論、彼女の身は俺が全力で守る。

 これまでと同じように。


 降りかかる火の粉は、斬り捨てて叩き潰して、完全に消滅するまで薙ぎ払う。


 だが……それもこれも、結局は勝手に敵が現れて襲ってくるから、正当防衛としてやってるだけだ。


 進んで危険リスクを増やすのは看過できん。


 ウルフ侯爵家ほどの財力となれば、そこに群がってくる貴族共の数も膨大なはず。


 仮にその半数を敵に回すとしたら……もう考えるだけでも面倒くせーわ。


 金だの権益だのに目が眩んだ貴族のやることなんざ決まってる。

 あの手この手で俺たちを排除しようとするだろう。

 それも物理的に。


 ただでさえ俺たち夫婦は政敵が多くて、日頃から命を狙われてんだ。


 これ以上なんてマジで面倒くさいし、勘弁だわ。


 エイプリルには申し訳ないが、これ以上の応援はしてやれん。


 俺は「はぁ~」とため息を漏らし、


「まあ、そうだな……。もしもマティアスの兄貴とやらが、先に仕掛けて・・・・きたりすれば話は別だが――」


 なんてことを言いつつ、不意に喫茶店の窓へ視線を移す。

 そして何気なく外の景色を見た――のだが、


「……」


「? アルバン……?」


「レティシア――――伏せろ・・・


 俺は傍らに立て掛けておいた剣を掴む。



 次の瞬間――シャノアの喫茶店が、大爆発・・・を起こした。




 ▲ ▲ ▲




「おい……やったか?」


「当たり前だろ。店を丸ごと吹っ飛ばす魔法を使ったんだ、生きてるワケねぇ」


 マントで全身を覆い、フードをすっぽり被って顔も隠した二人の男。


 その片割れが炎属性の魔法を放ち、シャノアの喫茶店を木端微塵に破壊したのだ。


 とはいえ辛うじて半壊程度に留まっているが――アルバンやレティシアの居た場所は、粉々に吹き飛んで白煙に包まれている。


 城下町の中にも爆音は響き渡り、周囲では悲鳴が上がっている。


「ヒャハハ! これで金貨八百枚とはボロすぎる仕事だぜ! あの〝最低最悪の男爵〟と嫌われ者のレティシア・バロウがおっ死んで、世間も喜ぶだろうさ!」


「おい、んなことよりさっさとずらかるぞ! 早くしないと兵士共が――!」


「……待て」


 ユラリ、と白煙の中で何者かの立ち姿が揺らめく。


 直後、剣を手にした男が一人、煙の中から現れた。


 そう――アルバン・オードランである。


 彼の姿を見たフードの男の片割れは「チッ」と舌打ちし、


「生きてやがったが、運のいい奴め。でも安心しろ、すぐにあの世に送って――」


「……よくもレティシアを狙ったな」


「あん?」


「お前ら、楽に死ねると思うなよ。妻を狙った罪を精々悔いながら……存分に生き地獄を味わえ」


 悪鬼羅刹のような表情で、ユラリ、ユラリ、とフードの男たちに近付いていくアルバン。


 その殺気は凄まじく、彼の周囲だけ明らかに空気が変わるほどだが――


「ハッ、〝最低最悪の男爵〟風情がなにをゴチャゴチャ抜かしやがる! そのアバズレの妻と一緒に地獄へ行くのは、テメエの――」


 フードの男はもう一度魔法を放とうと、バッと右腕を突き出してアルバンへと向ける。

 いや――向けたはずだった。


 ――ボトリ


 本来、フードの男の目に映るはずの右腕。

 それがズルリと滑り落ちて、無情にも地面へと落下。


 そして腕の代わりにフードの男の目に映ったのは――いつの間にか自分の目の前に瞬間移動し、既に剣を振るった後のアルバンの姿だった。


「え……あれ……? なんで、俺、腕が――」


「誰の妻がアバズレだって?」


 次の瞬間、今度はアルバンの斬撃がフードの男の胴体へと叩き込まれる。


 鋭利な刃はバターのように身体を切断し、ほんの僅かな時間差を置いて、真っ赤な鮮血が吹き出た。


「ぎ――ぎゃあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 地面へと倒れ、絶叫を上げながらのたうち回るフードの男。


 アルバンはそんな彼の横を興味なさそうに通り過ぎ、


「次はお前だ」


「う……うぅ……!?」


「安心しろって、殺さないから。レティシアが怒るからさぁ」


 抑揚のない声で言って、剣の切っ先を残ったフードの男へと向ける。


「だから生きながら地獄に落ちろ。俺の愛する妻を殺そうとしたことを後悔しろ。後悔して、後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して……悪夢を見る度、俺の顔を思い出せ」


 〝目〟――

 アルバンの〝目〟を見たフードの男は心の底から戦慄し、恐怖した。


 両足がガタガタと震え、全身の穴という穴から脂汗が噴き出し、フードの中で自身の髪の毛が抜け落ちていくのがわかった。


 ――悪魔だ。

 今、目の前にいるのは人の形をした悪魔だ。


 それも〝魔王〟と呼べるほどの――


 なにもかもが自分とは違う。

 根本的な〝なにか〟が違う。


 自分は〝蟻〟だ。

 踏み潰されるのを待つだけの〝虫けら〟だ。


 とてもじゃないが戦いにならない。

 逃げることさえ許されない。


 自分は、絶対に敵にしてはいけないお方を敵にしてしまったのだ――


 フードの男は本能的に理解した。

 そして――両膝を地面に突いて、祈るように震える両手を合わせた。


「ご……ごご後生です……! ひ、ひと思いに……こここ、この首を、おおお刎ねくださいぃ……!」


「……へぇ? そうやって首を出してきた奴は初めてだな。殺してくれっていうんじゃ仕方ない」


 アルバンはフードの男の首筋に刃をあてがい、


「じゃあ、死――」



「――どっせええええええええええええええええええええいッ!」



 首を刎ねようとした直前、アルバンの背後でバガァンッと瓦礫が吹っ飛ぶ。


 エステルである。

 彼女が持ち前の怪力で、崩れた柱や壁を退かしたのだ。


「くぉら! 一体どこのどいつですの!? 私たちの優雅なティータイム&恋バナ会議を、ぶち壊しにしたおクソ野郎はッ!」


「おーエステル、生きてたか」


「当たり前ですわ! こんなのでおっ死んでいたら、真のお嬢様には百年経ってもなれなくてよ!」


「あ、そう。それよりレティシアは無事だろうな」


 アルバンが尋ねるとエステルは「フン」と金髪縦ロールを手で払い、


「無事もなにも、あなたが爆発の瞬間に彼女を庇ったんじゃありませんか」


 ガラガラと瓦礫を退かすエステル。


 すると――その中からレティシアが立ちあがった。

 勿論、煤でやや汚れてはいるが、その肌には傷一つない。


「ア、アルバン……今の爆発は……」


「コイツらがやったらしい。それより怪我はないか?」


「大丈夫よ。さっきは庇ってくれてありがとう……」


「どういたしまして。大切な妻が無事でなによりだ」


 さっきまでの冷徹さが嘘のように、ニカッと笑ってみせるアルバン。


 遅れてラキ、シャノア、カーラ、イヴァン、そしてエイプリルも瓦礫の中から立ち上がる。


「けほっ……ちょっとアルくん、ウチらの心配はないワケ~……?♠」


「うぅ……私とお母さんのお店がぁ……」


「シャノアちゃん……元気出して……」


「カァー!」


 心配してもらえず不貞腐れるラキ。

 店が破壊されてがっくりと落ち込むシャノアと、それを励ますカーラ&ダークネスアサシン丸。


 ちなみにシャノアの母親は外出中だったので、幸いにも被害はない。


 レティシアは皆を見回して無事を確認するとホッと胸を撫でおろし、続けてアルバンの方へと近付いていく。


「……この人たちが襲撃犯なのね?」


「ああ。コイツは殺してくれっていうから、今から首を刎ねるとこ」


「ダメよ、殺さないで」


「え、でも」


「ダメって言ったら、ダメ」


 レティシアはしゃがみ込んで、カタカタと震えるフードの男の顔を覗き込む。


 その顔はあまりにゲッソリとしており、まだ比較的若い年齢のはずなのだが、まるで老人のように感じられるほど生気がなかった。


 それを見たレティシアは抵抗の意思は既にないと判断し、


「……答えなさい、これは誰の命令?」


「し、しし知りません……おおお俺たちは殺しの依頼を受けたただの殺し屋で……きき、金貨八百枚の報酬で……!」


「――ナルシス・ウルフだな」


 そう言い加えたのはイヴァンである。

 彼はアルバンとレティシアの傍まで歩いて来て、


「殺し屋風情に金貨八百枚などという巨額をポンと出せる貴族など、そう多くはない。タイミング的にも間違いないだろう」


「……つまり、マティアスの友人である俺たちは邪魔になると判断されたってことか?」


「だろうな。しかもこんな奴らを差し向けるなど、明らかに舐め腐っている」


 不快そうにクイッと眼鏡を動かすイヴァン。


 そんな彼の発言を受けて、レティシアは逆にクスッと笑った。


「アルバン……さっきあなたが言いかけたように、どうやらマティアスのお兄さんの方が先に仕掛けて・・・・きたみたいだけど?」


「うっ……」


「これで、堂々とマティアスを助ける大義名分ができたわね」


「それは……まぁ……そうだけど……」


 結局ウルフ侯爵家の家督争いに巻き込まれてしまい、アルバンは返す言葉を失う。

 彼は面倒くさそうにため息を漏らし、


「やれやれ……どうしていつもこうなるやら――」


「――あ、あの!」


 そんな時だった。

 エイプリルが、声を上げる。


「わ……私も、なにかお手伝いをさせてください! 私もマティアス様をお助けしたいんです!」


「え、手伝いって言ってもお前……」


「お願いします! あの方に恩返しがしたいんです! それに――やっぱりどうしても、諦められないんです! 私……私は、マティアス様が好きなんです!」



――――――――――

本年度の投稿はこれで最後となります!

もっとも年始も変わらず投稿していく予定なので、三日後にはお会いできると思いますが……^_^;

皆様、よいお年を!🎍🎍🎍


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


☆評価は目次ページの「☆で称える」を押して頂ければどなたでも可能です。

何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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