第72話 俺が彼女を愛する理由


 ――ギィンッ!


 甲高い金属音と共に、刃と刃が激しく噛み合う。


 剣を振り下ろし、振り払い、振り上げ――攻撃と防御の区別が付かなくなるほど連撃の応酬を繰り広げる。


 俺は初手から本気で叩き潰すつもりで斬りかかっていくが、ヨシュアはまるで臆する様子はない。


 それどころか、「ほんの一瞬の隙でも見せれば喰らい尽くしてやるぞ」と言わんばかりの覇気が剣に宿っている。


 その太刀筋は鋭く、重く、それでいてしっかりと俺の速さに付いてくる。


 思った通り――

 いや、思った以上の腕前みたいだな、ヨシュアの奴。


 俺たちはギリギリと鍔迫り合いの状態になり、


「案外やるじゃねーか。腑抜けた剣を出してきたら、すぐに踏み潰してやろうと思ってたのによ」


「恐縮だな……! だがまだまだ、こんなものではないぞ!」


 キンッ!と刃を弾いて間合いを離したヨシュアは、


「――〔フレイム・ブレイド〕」


 炎属性の魔法を発動。


 剣の刃が発火し、灼熱の火炎に包まれる。

 剣身も一回りほど伸び、リーチが拡大。


 ふーん、威力と攻撃範囲を増す魂胆ってか。

 面白い。


 ならこっちも、


「――〔エアリアル・ブレイド〕」


 風属性の魔法を発動。

 剣が風の刃をまとい、剣身リーチが伸びる。


「さあ、来いよ。遊んでやる」


「では――お言葉に甘えよう!」


 火炎を羽衣のようになびかせながら、舞うように斬り込んでくるヨシュア。


 へえ、洒落てるな。


 炎のせいでヨシュアの身体が隠れがちになり、間合いが測れない。


 加えて素早い刃の動きに対して、炎が揺らめきながら尾ひれのように後から付いて来る。


 そのため、どこから攻撃が飛んで来るのかかなり読みづらい。


 まったく厄介だが――


「――〔エアリアル・ファング〕」


 そんなもん、吹っ飛ばせばいいだけだ。


 風の刃が形状を変え、〝牙〟へと変貌。


 俺が剣を振るって放つ・・と、まるで大狼が襲い掛かるかのようにヨシュアへと向かっていく。


「くっ……!?」


 燃え盛る刃に喰らい付く風の大狼。


 ――どうしたどうした?

 こんなモノで狼狽えないでくれよ。

 

 でなきゃ――愛する妻レティシアに、カッコイイとこを見せられないだろうが!


「――せやぁッ!」


 ヨシュアは力づくで剣を振り抜き、風の大狼を斬り捨てる。


 そして勢いそのままに、再び俺と刃を交えた。


 同時に、ヨシュアの剣の炎がブワッ!とより一層炎と熱を放つ。


「オードラン男爵……本当にキミは恐ろしいよ。少しくらい剣や炎を怖がるという気持ちはないのかな……!?」


「怖がる? 俺が怖がるのはレティシアと引き離されることだけだ」


 ヨシュアの炎剣から放たれる熱波で衣服がジリジリと焦げ始め、肌が高熱に晒される。


 へえ、コイツの魔力も大したものだな。

 ダンジョンに魔法陣が張られてなきゃ、あっという間に肌が焼け爛れていたかもしれん。


 ま、だからなんだって話だが。


「少しは……退きたまえよ……!」


「退けないね。妻が見てるからな!」


 血液が沸騰を始めそうなほどの灼熱。


 だが俺は口元に笑みを浮かべ、ヨシュアから一瞬も目を逸らさない。


 レティシアにカッコ悪いとこ見られるくらいなら、死んだ方がマシだから。


「まっ――たく!」


 剣を弾いて間合いを離すヨシュア。

 同時に、左腕に魔力を溜め始める。


 これは――デカい・・・のが来るな。


「――〔ドラゴン・ブラスト〕!」


 左腕から放たれる、真っ赤な放射火炎ビーム


 竜の息吹を疑似的に再現した、Sランクの炎属性魔法だ。


 その熱波は凄まじく、放射火炎ビームが通過した下の地面が溶岩のようにドロリと溶解する。

 周囲の空気もクソ暑くなり、まるで火山にでもいるみたいだ。


 流石だなぁヨシュア。

 こんな高難易度の魔法を、まるで息をするみたく瞬時に撃ってくるなんざ。


 なら、こっちも応えてやらないとな。


「――〔ダークマター・エクリプス〕」


 対抗するように俺も左手に魔力を溜め、Sランクの闇属性魔法を発動。


 莫大な魔力の塊を、漆黒の球に高圧縮して射出する。


 ――ぶつかり合う放射火炎ビームと漆黒の球。


 瞬間――魔力と魔力が反発し合い、眼前で大爆発が起きる。


 空気ごと大気を薙ぎ飛ばし、地面を抉り取るほどの大爆発。


 あまりの爆風に俺まで吹っ飛ばされそうになり、身動きが取れなくなるが――それは向こうも同じだったらしい。


 爆発が止んで砂煙が晴れ、陥没痕クレーターを挟んで俺とヨシュアは睨み合う。


「こりゃ埒が明かないなぁ。なぁヨシュア?」


「……ああ、そうだな」


「もう面倒だからさ――だ。次の一手でケリをつけさせてもらうぞ」


「望むところだ……」


 再び剣を構える俺たち二人。

 互いにタイミングを見計らうが、


「……オードラン男爵、最後にもう一度だけ聞いておきたい」


「あぁ? なんだよ」


「キミは、何故そこまでレティシア嬢に入れ込む? キミほどの男が、どうして一人の女性をそこまで愛するんだ?」


 ――意外なことを尋ねてきた。


「元々、キミたちは政略結婚で無理矢理夫婦にさせられた。本来なら互いを毛嫌いしていても不思議はない」


「……」


「キミほどの実力と才能があれば、オードラン男爵家の権威を押し上げ、国の英雄になることすら夢物語じゃないだろう」


「ああ、もしかすると可能かもな。興味ないけど」


ソレ・・だよ。自身の大成に目もくれず、レティシア・バロウの隣にいることに固執するのは……彼女を愛そうとするのは、何故なんだ?」


 ――こりゃなんだ?

 俺の精神に揺さぶりでもかけてきてんのか?

 少しでも取り乱させて、勝機を見出したいとか?


 ……いや、違うか。

 ヨシュアの顔に書いてあるな。

 ただ純粋に聞かせてほしいって。


 そんなに聞きたいんなら――


「何故……だって? そんなの決まってんだろーが」


 キッチリ、一言で答えてやるさ。




「〝惚れたから〟――ただそれだけだよ」




 俺は一切の淀みなく、そう答えてやった。


 ヨシュアは数秒ほど驚いた顔をし、


「…………そう、か。レティシア嬢は、それほどにいい女・・・だったかい」


「ああ、レティシアは最高だ。世界で一番の、自慢の妻だよ」


「……ハハ、悔しいな――本当に」


 ――もう一度、全く同じタイミングで地面を蹴飛ばす俺とヨシュア。


 一切の防御なし。

 ただ相手を、一撃で相手を斬ることだけを考えた、捨て身の特攻。


 レティシアが見守る中で、互いに勝負を決めに行くという意思表示だ。


 どちらの剣が身体に届いても――これで終幕となる。


「「――――ッ!!!」」


 ――刃と刃がすれ違う。

 音もなく、派手な光も、飛び散る鮮血もない。


 残身。

 ピクリとも動かぬ両者の身体。


 しかし、


「……聞いてくれてありがとよ、ヨシュア。俺ももう一度、レティシアに心から好きだって伝えることができた」


 ヒュンッ!と剣を払い、鞘へと納める。

 斬り合った後、身体が自由に動いたのは俺の方だった。


 直後、パウラ先生の声が「ヨシュア・リュドアンくん死亡!」を伝えてくれた。



――――――――――

「惚れた」は理由にならない……?

失礼だな、純愛だよ(҂⌣̀_⌣́)


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何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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