第64話 時間稼ぎ
ゴ――――ン!という鈍い音が響き、ダンジョン全体が大きく揺れる。
まるで途方もない怪力と怪力、気合と根性のこもった拳と拳がぶつかり合ったかのような、そんな衝撃と振動。
「アハハ~! キャロルの奴ってばもうおっぱじめたの~? はっやーい!」
「ええ、どうやらそのようね」
キャロルがエステルと血沸き肉躍る戦闘を始めたのと同じ頃、二人のCクラス女子生徒が別の迂回ルートを進んでいた。
一人は背丈が低く童顔で、ワザと目立つようにド派手な巨大リボンで髪を結んでおり、さらに厚めの
もう一人は逆に化粧っ気のない精悍な顔つきで、動きやすいよう髪は短めに切られており、腰には二本の剣を携えたエルフリーデ・シュバルツ。
二人は全速力でダンジョンの中を進みながら、
「んも~、戦う時はもっと静かにやれっていつも言ってんのにさぁ。だからモテないんだっつーの、あのリーゼントは!」
「作戦に集中しなさいペローニ。油断していると足元をすくわれるわよ」
エルフリーデは相変わらずゴーン!と揺れるダンジョンを見ながら、
「ダンジョンを揺らすほどの衝撃……キャロルは間違いなく〝肉体強化〟の魔法を使ってる。相手はそれほど強いということよ」
「考えすぎだってば~エルフリーデ。Fクラスなんかがアタシたちに勝とうなんて、百万年早いんだっつーの! ――っと」
会話をしていたペローニとエルフリーデは、前へ前へと進めていた足をピタリと止める。
前方に人影を見つけたからだ。
それも、二つ。
片方は巨大な戦斧を、もう片方は小型のクロスボウを手にしている。
「――レティシア嬢の言った通りであったな。裏口からネズミが二匹」
「予定通り、だね☆」
まるで待ち構えていたかのように立ち塞がる二人のFクラスメンバー。
それはローエン・ステラジアンとラキ・アザレアであった。
「ほう……」
二人の姿を見たエルフリーデは気が付く。
どうもこちらの作戦は見抜かれているかもしれない、と。
「ペローニ、先に行って。ここは私が引き受ける」
「えぇ~、アタシにやらせてよ! あっちの可愛い子とは、なんか気が合いそうだしぃ!」
チラッとラキのことを流し見るペローニ。
それに対し、ラキは「べぇ~♠」と舌を出して応えた。
エルフリーデは腰から二本の剣を抜き、両手で構える。
「駄目よ。単独潜入ならあなたの方が適任だもの」
「はぁーい。それじゃ頑張ってにぇ、エルフリーデ!」
バッと身軽に動き、ラキたちの横を通り過ぎて行くペローニ。
しかしローエンたちはそんな彼女を止めようせず、そのまま素通りさせる。
その様子を不審に思ったエルフリーデは、
「……止めないの?」
「モチのロン♣ だってそれも作戦の内だから♪」
「なんですって……?」
「〝ペローニという女子生徒を見たら素通りさせていい〟とな。それより、自分の心配をしてはどうだ?」
ローエンはグッと戦斧を構え、
「俺たちの役割は、あくまでお前の足止めだ」
「勝手に一人になったのはそっちだかんね♦ 二対一で卑怯だとか言わないでよ♤」
「……」
エルフリーデはしばし無言となる。
目の前の二人――もっと言えばFクラスの作戦というのがどうも読めなかったからだ。
だがすぐに、彼女は煩雑化した思考を振り払う。
自分の頭ではどうせ考えても無駄だと思ったからだ。
そして片腕に握る剣の切っ先をローエンへと向け、
「……貴殿の名前、ローエン・ステラジアンで相違ないかしら?」
「む? 俺の名を知っているのか?」
「私ではなくマルタンが知っていたわ。職業騎士の中では有望な男だと」
ああ、と内心で納得するローエン。
同じ職業騎士であるマルタンとローエンは、互いのことを知っていた。
とはいえ知り合いというほどではない。
故に直接会ったことも話したこともなかったが――
「時に、貴殿はマルタンよりも強いのかしら?」
「どうであろうな。なにせ奴と刃を交えたことはないのでわからんが――」
「そう」
次の瞬間、ローエンの視界からエルフリーデがフッと地面を蹴る。
そして――彼女は刃を振りかざし、恐ろしいほどの速さでローエンの眼前まで急接近してきた。
「むぅ……!?」
ギインッ!と木霊する、戦斧と剣が噛み合う金属音。
紙一重のところでローエンは防御に成功したのだ。
「私は……こう見えてマルタンより強いわよ」
「ローエン!」
すかさず彼を助けようとクロスボウを発射するラキ。
しかしエルフリーデは、片手の剣でいとも容易く放たれた弓矢を弾く。
一方、彼女がほんの一瞬弓矢に気を取られた隙に、
「ぬぅんッ!」
ローエンは剣を弾き飛ばす。
さらに追撃とばかりに戦斧を振るうが、エルフリーデにヒラリと回避されてしまう。
「あなたたち、さっき二対一で卑怯だと思うななんて言ったわね。申し訳ないけれど、それは自信過剰というものよ」
エルフリーデは双剣を構え直し、
「むしろ
見下すような視線を二人に向ける。
そんな彼女の台詞を聞いたラキは――
「……ぷっ、くっくっく……!」
「……? なによ、なにがおかしいの?」
「いやさぁ~、本当にレティシアちゃんの言う通りだなぁって思って♪」
笑い堪え切れないといった様子で、ラキはクスクスと口の端を吊り上げる。
ローエンも不敵な笑みを浮かべ、
「さっき俺に名を尋ねたな。ならばお前も答えるのが筋だろう」
「……エルフリーデ。エルフリーデ・シュバルツ」
「エルフリーデよ、確かにお前は強そうだ。悔しいが俺やラキより強いかもしれん。だがそれもレティシア嬢が予想していたことよ」
「〝
ラキはクロスボウに新しい弓矢を装填しつつ、
「Cクラスメンバーのことはぼちぼち調べさせてもらったよ☆ あのペローニって子、ちょっと変わった魔法が得意なんだってね。 どうにもそれが潜入や単独行動にはうってつけとか……♪」
「――! お前ら……!」
「諜報はウチの得意分野だからさ♦ それにCクラスもウチらのこと嗅ぎ回ってたのは知ってるし、ズルいなんて言わせないよん♠」
小悪魔のような微笑を口元に浮かべるラキ。
対するエルフリーデの顔には幾ばくかの焦りが滲む。
ローエンは戦斧の切っ先をエルフリーデへと向け、
「それにさっき言っただろう? 俺たちの役割は、あくまでお前の足止めだと」
グッと腰を落とし、両手で戦斧を構え直す。
「ここで時間稼ぎさえできれば……この戦い、俺たちの勝ちだ」
――――――――――
(ง ´͈౪`͈)ว
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