第51話 ただいま
レティシアは魔法を発動する。
それはエミリーヌとの戦いでも見せた、Sランクの氷属性魔法だった。
刹那、あの時と同じように周囲の様相が一変する。
大地は凍り付き、猛吹雪が吹き荒れ、白雪と雹が宙を飛び交う。
マズい――そう思った直後には、俺たちの身体が凍り付き始める。
「ぐぅ……!? この魔法は、エミリーヌの時の……!?」
「ああっ……だが
凍てつくような極寒に驚愕するレオニール。
いやはや、俺だってビックリだね。
俺の魔力を持ってしても、全く寒さを防げない。
「魔力量と出力があまりに膨大過ぎる……これが”呪装具”を着けたレティシアの力か……!」
「いえ、それだけじゃないわ……この空間、私たちの魔力を
”結界魔法”――。
聞いたことがあるな。
膨大な魔力で現実とは切り離された結界領域を生み出し、そこに相手を封じ込める極めて特殊な技術。
基本的には対人戦を想定したモノではなく、討伐不可能な凶悪モンスターを封印する際に用いられる。
結界領域は物理的に破壊することができない上、封印対象の魔力を封じる効果まである。
原則、一度閉じ込められたら
そんなチートじみた効果のため、発動には途方もない魔力を必要とするらしい。
本来であれば上級魔法使い複数人の魔力を魔法陣に集め、それでようやく発動できるレベルだと聞いた。
基本的に個人が単独で扱える魔法ではないため、ランク区分すら与えられていないほどなのだが……。
まったくどういう理屈か、レティシアの魔力が膨大過ぎるせいで〔ブリザード・サンクチュアリ〕が”結界魔法”へと昇華してしまったようだ。
あーあ、さっき”呪装具”を壊したのは失敗だったかもな。
……いや。
アレがあっても、果たして太刀打ちできたかどうか。
ぶっちゃけ、”呪装具”を着けた俺でもこんな芸当はできないと思う。
ホント、凄いなんてレベルじゃない。
「素晴らしい……! よもやこれほどの力を得るとは……! やはり彼女は逸材だ! 私の”呪装具”とレティシア・バロウの組み合わせは、魔法史を変える!」
歓喜に打ち震えるライモンド。
今すぐにでも斬り殺してやりたいが、残念ながら手が凍り付いて、もう剣を振るうことさえできない。
意識すら朦朧とし始め、このままじゃ凍死一直線だ。
「さあレティシア・バロウよ、己が破壊衝動を存分に解放なさい! 彼らを抹殺せしめるのです!」
「う…………あ…………」
「レティシア……」
――まだ、辛うじて足は動く。
俺は一歩一歩、彼女の下へと歩み寄っていく。
「ハハハ……やっぱり凄いな、レティシアは。こんなに強力な魔法を使えるなんて、流石は俺の自慢の妻だ。誇らしいよ」
「……」
「……俺が見えるか? 俺の声が聞こえるか?」
「アル……バン……」
「大丈夫、俺はわかってるさ。キミは”呪装具”の支配なんかに屈したりしない。だから――
▲ ▲ ▲
《レティシア・
――アルバンの声が聞こえる。
――アルバンが私を呼んでる。
行かなくちゃ、彼の下へ。
戻らなきゃ、彼のために。
『あら、本当に戻っていいの?』
誰かが私を呼び止める。
あなたは……誰?
『いやね、惚けるのはおやめなさい? 私はあなたよ、レティシア・バロウ』
私……?
『本当はずっと心の奥底で思っているのでしょう? ”自分はアルバンに愛され続ける資格があるのか”、”自分はアルバンを愛し続ける資格があるのか”って』
――なにを言っているの?
やめて。
『マウロに婚約破棄された時も、誘拐されて倉庫に閉じ込められた時も、いっつも彼に助けてもらって……彼に迷惑をかけてばっかり』
違う。
私は、そんな――
『今回だってそう。またアルバンの足を引っ張ってる。また迷惑をかけてる』
私は、そんなつもりじゃ……!
『ずっとずっと思っていたのよね。自分と一緒にいることで、彼が不幸になってしまうんじゃないか。自分が一緒にいてはいけないんじゃないか。――そんな風に』
違う!
私はアルバンと一緒にいたい!
私は、アルバンを心から愛してる!
『そうね、あなたは彼を愛してる。でもそれなら、どうして彼の隣に居ようとするの? あなたといる限り、彼は不幸になるのに。彼の幸福を願うなら、あなたは消えるべきなのに』
違う……私は……!
私は……ただ……っ!
『それに……アルバンだって、本当はどう思っているのかしらね?』
え……?
『あなたがいると迷惑だと思ってないかしら? いなくなってほしいと思ってないかしら?』
――嘘。
嘘よ。
アルバンが、そんなこと思うはず……。
『アルバンがあなたを裏切らない保証がどこにあるの? いつかあなたに嫌気が差して、捨てられてしまうかもね。マウロの時のように』
……。
『不安よね。怖いわよね。でも、もう大丈夫。
…………。
『
……ああ、そうなのね。
私が最も恐れていた本音が、
『そうよ。だから一つになりましょう、私と――』
「
『――え?』
「否定はしない。私はずっと恐れてきた。ずっと怖かった。これまで考えることを避けてきた、心の奥底に隠し続けてきた猜疑心。それがあなただわ」
認めないといけない。
ほんの少しでも、大事な夫を疑ってしまったことを。
自責の念に挫けそうになったことを。
だけど、私は
私は――彼と共に在ると。
「でも、話を聞いてよくわかった。あなたは私の鏡像というワケじゃない」
『あなた、なにを言って――』
「人の心を覗き見るなんて下品な真似はやめなさい、”呪装具”よ。私は誓ったの。これからどんなことがあろうと、アルバンと一緒にいるって」
『……』
「確かにあなたの言う通り、私は彼に迷惑をかけているかもしれない。私のせいで彼は不幸になるかもしれない」
もしも――もしも彼が私を邪魔者扱いする日が来たら、私は喜んで身を引こう。
それが彼のためだというのならば。
だけど、それは”今”じゃない。
「でも彼は今、”愛してる”と言ってくれる。ハッキリと言葉にして、大事にしようとしてくれる。だから私はその気持ちに応えたい。だって私も、彼を愛しているから」
アルバンは、信じさせてくれるのだ。
私たちの夫婦愛が本物であると。
決して違えることはないと。
だったら、後は私次第。
いくら心の奥底に不安が残っていても、自分で決めた誓いを守り通すだけ。
私は――レティシア・
「アルバンの声が聞こえるわ。もう彼の下へ戻らなきゃ」
私は、いつの間にか首から下がっていたネックレスを掴む。
そしてギュッと宝石の部分を握り、
『待っ――!』
「さようなら……我が呪縛よ」
魔力を込めて、”呪装具”を粉々に砕いた。
▲ ▲ ▲
「アル……バン……!」
――レティシアが、”呪装具”の宝石部分を握り締める。
すると次の瞬間、バキィン!と宝石が砕け散った。
同時に”結界魔法”も消失。
周囲は極寒の世界からただの洞窟へと元通りになり、凍り付いていた俺たちの身体も動かせるようになる。
レティシアが――彼女が、”呪装具”の呪縛を破ったのだ。
「あ……」
「レティシア!」
ふらりと倒れそうになる彼女の下へ、俺は急いで駆け寄る。
そしてしっかりと彼女を抱き締め、身体を支えた。
「……ただいま、アルバン」
「ああ……お帰り、レティシア」
――――――――――
最近、学生時代の同期が結婚しました。
とてもめでたいので、根掘り葉掘り聞いて作品に生かしてやろうと思います(ꐦ°᷄д°᷅)
初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)
☆評価は目次ページの「☆で称える」を押して頂ければどなたでも可能です。
何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m
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