第37話 試される愛


「ここがバロウ公爵家の屋敷か……立派なもんだな……」


「ああ、まさか僕たちがバロウ邸に訪れる日が来るとは……」


 感嘆とした様子のマティアスとイヴァン。

 ローエンも驚いた表情だ。


 レオニールも緊張した面持ちで、尻の据わりが悪そうにする。


「あの、すみません。オードラン男爵と一緒にオレたちまでお呼ばれしてしまって……」


「気になさらないで。妹のご学友とあれば、もてなすのが礼儀ですから」


 そんな彼に対して、オリヴィアは椅子に座って微笑を浮かべ、優雅に紅茶を嗜む。


 ――男子会からの、ひったくり犯逃走劇というくだりを経た男子五人組。


 俺たちはその後、どういうワケかオリヴィアの屋敷にお呼ばれし、お茶をご馳走になっている次第。


 そう――つまり、だ――


 俺は今、”バロウ公爵家の屋敷”にいる。


 レティシアの実家に、思いもよらぬ形で転がり込んでしまったのだ。


 どうしてこうなった?

 マジで。


「……妻の実家がそんなに気まずいかしら、オードラン男爵?」


 まるでこちらの心の内を見透かしたように、オリヴィアが聞いてくる。


「い、いや、別にそういうワケじゃ……」


「安心して頂戴。当主であるお父様は多忙な身ですから、屋敷にはいないわ。そんなに緊張なさらなくて結構よ」


 あ、そうなんだ。

 それなら安心――じゃなくて!


 確かに今更両親と会うのは気まずいけど、実家にお呼ばれしてる時点で既に気まずいんだよなぁ!


 しかも実の姉が目の前にいるワケで!

 緊張するなって方が無理では!?


「……にしても驚きましたよ。レティシアに姉妹がいるのは一応知ってましたが、まさかこんなにそっくりだったとは」


「昔から言われていたわ、よく似た姉妹だってね。これでも、私はあの子より五つ年上なのだけど」


 五つ、か。

 なるほどな、どうりで大人びて見えたはずだ。

 雰囲気もそっくりだから、余計に――


 ……いや、少し違うか。

 なんだろう、なんというか――ピリピリとした気配を感じる。


 敵意、に近いだろうか?

 そこはかとなく警戒されているような。


 必死に隠そうとしているのだろうが、俺はこの手の感覚に敏感だからすぐにわかる。


 だが殺意はない。

 故に不自然というか。


 ……少し鎌をかけてみるか。


「ところで、ちょっと気になったんですが」


「あら、なにかしら」


「さっきの召喚魔法……かなり強力な精霊を呼び出してましたけど、どこであれだけの技術を?」


「私は魔法省に努める役人なの。普段魔法の研究を進める部署の署長をしている身だから、あれくらいは出来て当然ね」


 なんと、魔法省の。

 こりゃまた大層な名前が出たな。


 ヴァルランド王国魔法省と言えば、国内でも選りすぐりの魔法使いを集めた研究機関。


 魔法が得意だと自負する者にとって、魔法省職員は花形職業とまで言われている。


 そこの署長を務められるとは……。

 もしかすると、魔法に関しては俺より格上かもしれない。


 納得だ。

 流石はレティシアの姉ってとこだな。


「……私からも、質問があるのだけど」


 ふと、オリヴィアが尋ねてくる。


「レティシアは、元気でやっている?」


「え? ええ、元気でやってくれてますよ」


「ならよかったわ。もうしばらく手紙のやり取りをしていないし、ひと月前に件の事件があったものですから……」


 まあ、色々と厄介事があったのは事実。

 レティシア誘拐事件は王都中で話題になったもんな。


 にしても、心配してくれてたのか……。


 てっきりレティシアは、バロウ家の中じゃ腫れ物扱いされてるとばかり思ってたが。


「……時にオードラン男爵、あなたとレティシアはとても仲睦まじいというお話を耳にしたのだけど」


「え、ホントですか? いやぁ照れるな~、それほどでも~」


 照れ臭くなって鼻の頭を指で掻く俺。


 レティシアと俺がおしどり夫婦だって、そんなに話題になっちゃってるの?

 恥ずかしいな~。

 まあ俺が彼女のことを心から愛してるのは事実だけどさぁ~。


 なんて、内心で惚気る俺だったが――


「……」


 品定めするかのような目で、オリヴィアはじっと俺のことを見つめてくる。

 それは疑いの眼差しにも近い。

 

 うぅ……気まずい……。

 嫁の姉に品定めされるのが、こんなに神経を擦り減らすとは……。


 あ、イカン、ちょっと尿意が……。


「す、すみません、少しトイレをお借りしても?」


「それなら、廊下を出て真っ直ぐ――……いえ、面倒ね。案内しましょうか」


「え? い、いやぁ、流石にそこまでお世話には……」


「遠慮なさらないで。この屋敷はただでさえ広すぎるもの」


 椅子から立ち上がり、誘うように部屋のドアへと向かうオリヴィア。


 せめて案内くらい従者に任せてもいいのでは……。


 なんか、こういう目下の者に頼らず自発的に動く辺りは、レティシアと似てるような気もするな……。


 仕方なく俺は彼女と部屋を後にし、長い廊下の中を二人で進む。


 バロウ邸はオードラン領の屋敷なんかより遥かに大きく煌びやかで、流石は国内有数の名家と謳われるだけはある。


 レティシアは、こんな豪勢な環境で育ってきたんだな……。


 よく俺の屋敷に文句も言わずにいてくれたもんだよ。

 本当に良い嫁だ……。


 いつかの将来、レティシアのためにオードラン領の屋敷も大きく改築しようかな……?


「……ねえ、オードラン男爵」


 俺の前を歩くオリヴィアが、振り向くこともなく話しかけてくる。


「聞かせて。あなたにとって、妹はなに?」


「なに――って……大事な嫁ですよ」


「本当に?」


「当たり前です。俺にとって、彼女は世界で一番大事な人です」


 一切の淀みなく、俺は答える。

 すると、


「……あの”最低最悪の男爵”の口から、そんな言葉が出るなんてね」


 非常に小さな声で、呟くように言った。

 そして彼女は立ち止まり、


「なら――試させて・・・・もらうわ」








 ――なん、だ?

 ――なにが、あった?


 意識を失っていたのか?

 いつの間に?


 ここはどこだ?

 なんで燃えてるんだ?


 ……燃えてる・・・・

 なにが?


 俺は顔を上げる。

 そして俺の目に映った光景。


 それは――激しく燃え上がる、オードラン領の屋敷だった。


「俺の……家が……!」


 燃えている。

 我が故郷の、我が家が。


 レティシアやセーバスたちとの思い出が詰まった、いずれ帰るべき場所が。


 何故だ――どうして――



「……アルバン」



 背後から声がする。

 振り向くと――そこにはレティシアの姿が。


 だけど、様子がおかしい。


 彼女の服は真っ赤な血に塗れ、手にはナイフが握られている。

 ナイフの刃からも血が滴り落ち、誰かを殺めたであろうことがわかる。


「レティシア……?」


「アルバン……死んで・・・


 次の瞬間、レティシアがこちらへ向かって飛び込んでくる。


 そして、俺の腹部にナイフを突き立てた。


「ぐ――あ――ッ!?」


 血が噴き出る。

 彼女の手が俺の血で赤く染まる。


 明確な殺意。

 レティシアが、俺を殺そうとしている。


 どうしてだ――

 どうして彼女が、俺を――


 まるで悪夢じゃないか、こんなの――!




 ……悪夢・・




 そうだ、なにか違和感がある。

 もしかして、これは――


 俺はナイフを突き立てられた身体をグッと前へ押し出し――レティシアを抱き締めた。



「レティシア……愛してるぞ」



――――――――――  

★おすすめレビューのお礼(8/10時点)m(_ _)m

@tenseizuki様

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何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m


※次話は明日の8:45に予約投稿済みです。


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