第32話 悪になるとしても


「……それでは、新校則の中にあって一名の退学者も出さなかったFクラスの団結力を讃え、これを賞する」


 学園長室に呼ばれた俺たちFクラスのメンバー。

 ファウスト学園長は表彰状を持ち、それを”キング”である俺に贈呈する。


「おめでとう」


「はぁ……どうも……」


 受け取る俺。

 パチパチと拍手するパウラ先生。


 ぶっちゃけこんな表彰のされ方しても、リアクションに困るというか、大して嬉しくないというか……。


 それに表彰状なんて、一体いつの間に用意したのやら……。


「しかし驚いたぞ。まさかお主が退学者を出さぬまま”キング”になろうとは」


「その言い方じゃ、まるで俺が”キング”になること自体は想定してたみたいですが」


「一応な。何人退学者を出すかわからぬとも思っておったが」


 おいこらジジイ。

 アンタ人のことをなんだと思ってんだ。

 俺がそんな問題児にでも見えるってか?


 いやまあ、ファンタジー小説の中じゃ確かに大問題児だったけども。

 それに学園に来た初日から試験官を叩きのめしたりもしたけどさぁ。


「……これもコインの裏・・・・・が支えてくれているお陰、かのう」


 チラリ、と目を動かしてファウスト学園長は言う。

 その視線の先にいるのは、レティシアだ。


「ともかく、予想外の偉業を成し遂げたことは素直に祝福しよう。さ、これにて表彰式は閉幕じゃ」


「では皆さん、教室に戻りましょうか!」


 パウラ先生が皆を連れ、学園長室を去ろうとする。

 しかし、


「――ああ、すまん。やはりアルバン・オードランだけしばし残ってくれんか?」


「え?」


二人きり・・・・で話がしたい」


 なにやら意味深な言い方。

 俺はチラッと顔を逸らすと、レティシアと目が合う。


「アルバン……」


「大丈夫だ。先に戻っててくれ」


 俺が安心させるように言うと、レティシアも皆と一緒に部屋を後にする。


 一人学園長室に残った俺は、


「……で、話ってなんです?」


「うむ……まずは先の事件のことじゃ」


 先の事件――。

 レティシアが誘拐された事件のことか。


「レティシア・オードランの誘拐……。未遂に終わったとはいえ、まっこと忌むべき事件であったな」


「そう思われるなら、立派な犯罪に加担した生徒共を学園から追い出してほしいもんですね」


「無論、こちらでも調べを進めておる。ほどほどにな」


「いや全力でやってくださいよ」


「そうしたいのは山々じゃが、競い合い蹴落とし合いは王立学園の本質じゃしのう~」


 如何にも惚けた感じで言うファウスト学園長。


 ヤバい、ぶん殴りたい。

 アンタそれでも本当に教育者の長なのか?


 こっちは嫁さん攫われてんだからな……?

 いくら学園長でもキレるぞマジで?


 他人事だと思って悠長にしやがって、このジジイめ……。


「そうカッカするでない。別に他人事と思って悠長にしているつもりはないぞ? 今回の件は流石にやり過ぎじゃからな」


 彼はこちらの心の内を見透かしたように言うと、執務机の椅子へと腰掛ける。


「……時にアルバン・オードランよ、お主は”占い”を信じるかね?」

 

「占い……? いえ、正直あまり」


「で、あろうな。お主は如何にも自分の目で見たモノしか信じそうにない」


「あの、もったいぶらずにさっさと本題に入ってくれません? 俺になにを言いたいんですか?」


 いつまでも煙に巻こうとするようなファウスト学園長の喋り方。

 正直、聞いている側としてはあまり気分はよくない。


「ワシはこう見えて”占星術”が得意でな? この学園の行く末を案じて、度々占っておるのじゃが……少し前から、星が妙なことを教えてくれるのじゃ」


「妙なこと?」


「うむ……”学園の運命に大きな歪みが生じている”とな」


「――!」


 学園の運命――。

 その一言に、俺の心臓はドクンと跳ねる。


 ……俺がレティシアと結ばれ、最低最悪の悪役男爵として振る舞わなくなったことで、この世界はファンタジー小説とは大きく異なる道を進むこととなった。


 その最たる例がレオニールだ。

 彼は物語の主人公であるにもかかわらず、俺を倒すことなく”騎士ナイト”となった。


 ……正直、未だにファンタジー小説の全容を思い出せてはいない。


 でもとにかく、この世界の流れが本来とは異なる方向へと進んでいるのは事実だろう。


 ……その本来の流れってのを、”運命”と呼ぶのかは知らないが。


「星が示す”運命”とはなんなのか、それはわからん。じゃが……お主はなにか心当たりがあるのではないか、と思ってな」


「……知りませんね。仮に知っていたとしても、俺の答えは一つです」


「ほう?」


「俺とレティシアを引き裂こうとするなら、運命なんてクソ食らえだ――ってね」


 言葉に圧を込めて、言い放つ。


「運命だろうがなんだろうが、俺たちの幸せを壊そうとするなら叩き潰す。世界がレティシアを認めないなら……世界の方を壊し尽くすだけです」


「…………ほ、お」


 一瞬、呆気に取られたような顔を見せるファウスト学園長。

 しかし、


「ほっほっほ! そうかそうか! ”世界を壊す”ときたか!」


 痛快だと言わんばかりに、声を大にして笑う。


 おい、俺そんな笑われるようなこと言ったつもりはないぞ。

 ただレティシアと世界ならレティシアを取るって言っただけなんだが。


「面白いなお主は、実に面白い。永い時を生きてきて、お主のような暴君を見たのは初めてかもしれぬ」


「はぁ……俺は別に暴君じゃありませんけど」


「いいや、紛うことなき暴君じゃとも。なるほどのう、星はお主のことを……」


 一人で納得した様子で、彼は顎髭をわしわしと撫でる。

 それからしばらく考えるような素振りを見せたが、


「……お主にそれほどの決意があるならば、教えておいてやろう。此度のレティシア・オードラン誘拐事件……もしかすると、王家の一部が関わっているやもしれぬ」


「――! 王家が!?」


「まだ断定は出来ぬがな。他の貴族を隠れ蓑にしている節がある上に、上手く尻尾を隠れさせている」


 ――ヴァルランド王家。


 このヴァルランド王国を実行支配する家系であり、最も権力と権威を有する家柄。


 その青い血筋の前には、バロウ公爵家やスコティッシュ公爵家であっても所詮は一介の貴族に過ぎない。


 まあもっとも、一言でヴァルランド王家と言っても家系図分布は多岐にわたる。

 そのため権威や権力はピンキリなのだが。


「……王家が、レティシアを破滅させようとしていると?」


「正確には”王家の中の誰か”であろう。ヴァルランド王家も一枚岩ではない故」


「……」


「わかるか? お主が妻を守るというのは、それ相応の覚悟がいるということじゃ」


「……覚悟なんて、とっくにありますよ」


 ギュッと拳を握り締める。

 改めて、己の中で決意を固めて。


「誰が相手であろうと、俺はレティシアを守る。仮に、それで俺が"この国にとっての悪”と見做されようとも――ね」


 そう答えると、キーンコーンカーンコーンという鐘の音が聞こえてくる。


 次の授業が始まる呼び鈴だ。


「おおっと、鐘が鳴ってしまったな。叛逆とも取れかねん今の発言は聞こえなかったことにしておこう。お話はここまでじゃ」


「そうですね。それじゃ失礼します。……情報どうも」


 俺はそう言い残し、学園長室を去るのだった。


――――――――――  

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