第16話 Fクラス


「……」


 レオニールとの邂逅を経た俺とレティシアは、最初の授業を受けるべくクラスへ向かっていた。


 ……予想外の出会いだった。

 まさかこんな形で主人公と遭遇してしまうなんて。


 ――レオニール・ハイラント。

 いずれ俺と決闘し、俺を破滅させる者。


 物語の主人公にして、多くの仲間を救い導き、悪を滅ぼす英雄。

 

 ……奴は俺にとっての死神だ。

 

 ファンタジー小説の中でアルバンはレオニールと決闘し、敗れた。


 そして物語から退場&学園から退学&爵位の剥奪というフルコンボを決めていたはず。


 考えるだけでも恐ろしい……。


 しかし、今の俺はファンタジー小説に出てきたアルバン・オードランとは違う。


 破滅を回避するためにセーバスに教えを乞い、己を磨いてきたのだ。

 そう簡単に敗れたりなど――


 …………いや、面倒だな。


 ――先に破滅させる・・・・・べきか?

 俺が、レオニールを。


 こちらが先に動き、あらゆる手を尽くして奴を学園から追い出すべきか?


 謀略にかけるのもいい。

 事故に見せかけて負傷させるのもいい。

 やり方は無数にある。


 ククク……あぁ、なんだか考えるのが楽しくなってきたな。


 やはり俺は悪党なんだと実感するよ――。


「……アルバン、なんだか怖い顔をしていてよ」


 隣を歩くレティシアが、ふとそんなことを言う。


「え? そうか?」


「レオに嫉妬でもしたかしら?」


「!? んなっ、お、俺が嫉妬なんてするワケないだろ!」


「でも今のあなた、なにか悪事を考えてる時の顔だったわ」


「いや、まあ……」


「当ててみましょうか。”どうやってレオニールを学園から追い出すか”――なんてことを考えていたのではなくて?」


「! どうしてわかっ……!?」


 言いかけて、慌てて口を塞ぐ。

 が、もう遅い。


 彼女は「やっぱりね」とため息を漏らし、


「わかるわよ。私はあなたの妻ですもの」


「それ答えになってなくない?」


「いいえ、十分過ぎる答えです。それより、一つだけいいかしら」


 彼女は俺の前へ歩み出ると、こっちを向いて立ち止まる。


「レオニールが私を助けてくれたことは、確かに感謝してる。でもね、どこまで行っても私の夫はあなただけなの」


「レティ、シア……?」


「私は彼に惹かれたりなんてしないわ。だってアルバン・オードランの方が魅力的だと知っているから。だからあなたも、そんなに怯えないで?」


 ――励まして、くれてるのだろうか?


 たぶん彼女は、俺が嫉妬に駆られてレオニールを排除しようとしている、と思ったのだろう。


 俺は破滅を避けたいだけなんだが。


 いやまあ、さっきちょっとだけジェラシーは感じたけどさ?


 でもなんか……嬉しいね。

 そこまで言ってもらえるとさ。


 ……そうだよな。

 俺は俺だ。

 ファンタジー小説のアルバン・オードランとは違う。

 

 あんな小悪党じゃなくて、大悪党なんだ。


 なら悪らしくドーンと構えて、ヒーローを返り討ちにするべきだよな。


 そうさ、俺はなにを怯えているんだ。


 来るなら――いつでも来い。 

 守るべき者がある巨悪がどんなに恐ろしいか、骨の髄まで味わわせてやる。




 ――そんなことを思っている内に、俺たちは自分のクラスの前まで到着。


 これも校長の画策なのか知らないが、我ら夫婦は同じクラス。

 

 文字通りおはようからおやすみまで、四六時中レティシアと一緒ということだ。


 いや嬉しいけどね?

 嬉しいけど、このシチュエーションをあのジジイが嬉々として組んだのを想像すると胸がモヤモヤする。


 まるで親戚の叔父さんからお節介を焼かされた気分だ。

 俺、叔父さんいないけど。


 そんな俺とレティシアが属するクラスは”Fクラス”。

 A~Fまである中のFクラスだ。


「さて……」


 教室の扉を、ガラッと開ける。


 すると目に映ったのは、二つの空席。

 そして――”八名の生徒”たちの姿。


 気弱そうな背の低い女。

 バリバリ金髪縦ロールな女。

 眼鏡をかけた長身の男。

 チャラそうな褐色肌の男。

 ニヤニヤと笑みを浮かべたツインテールの女。

 赤髪オールバックでガタイのいい男。

 マスクで口元を覆った目つきの悪い女。


 最後に、短い金髪で精悍な顔つきの――って、あれ?


「……あれ? オードラン男爵とレティシア夫人じゃないか!」


「っ! レ、レオ……!」


 なんと、そこにはついさっき邂逅したばかりのレオニール・ハイラントの姿が。


 嘘だろ、マジかよ!?

 よりにもよって、コイツと同じクラスなのか!?


「まさか二人と同じクラスだったなんて! 嬉しいなぁ!」


「あ、ああ……そうだな……」


 確かに、確かに”来るなら来い”とはさっき思った。

 でもこんな形で来ることないだろ!

 一瞬心臓止まるかと思ったぞ!


「ちょっと、教室ではお静かに願いますわ」


 金髪縦ロールの女がやや不快そうに注意してくる。

 彼女にたしなめられ、俺たち三人は席へと着いた。


 ――クラスメイトの数は、俺たち夫婦を含めて十名。


 ……なんとも不思議なクラスだ。

 一目でわかるほど、明らかに全員の爵位・階級が統一されていない。


 見るからに大貴族の子供って感じの者もいれば、レオニールのような平民もいる。


 こういうクラス分けって、社会的階級をある程度考慮して組まれるものとばかり思っていたのだが……。


「はーい皆さん、こんにちは!」


 その時、一人の先生がニコニコと笑いながら教室に入ってくる。


 非常に細い糸目をしたポニーテールの女教師で、一見すると優し気な風貌だ。


 ……全く隙がなくて、得体の知れない威圧感を放ってはいるが。


「私がこのFクラスを担当するパウラ・ベルベットと申します! 今日から皆の先生になるので、よろしくね!」


「「「…………」」」


「あれれ~? 皆元気ないぞ~?」


「先生、一つ質問です」


 一人のクラスメイトが、おもむろに手を上げる。

 眼鏡をかけた長身の男だ。


「えーと、キミはイヴァン・スコティッシュくんだったかな? 質問どうぞ!」


「どうして僕がこんな連中・・・・・と同じクラスなんですか?」


 極めて不快そうに、彼は言った。

 その瞬間、クラス全員の視線がイヴァンへと注がれる。


「僕は名誉あるスコティッシュ公爵家の人間です。もっと高貴な者の集うクラスに変えて頂きたい」


「貴様……それは俺たちが下賤だとでも言いたいのか?」


 赤髪オールバックでガタイのいい男が椅子から立ち上がる。

 どうやら、イヴァンの発言が癪に障ったらしい。


「そう言ったつもりだが?」


「”在学中は階級を忘れるべし”という学園長のお言葉、聞いていなかったらしいな」


「僕には関係ないね」


「……面白い」


 赤髪オールバックの男はビキビキと頬を引き攣らせ、拳を握り締める。

 早くも一触即発の雰囲気だ。


「――どうしてこんな連中と、か。丁度いいから説明しましょう」


 喧嘩を始めそうな二人を止めるでもなく、パウラ先生はクスッと笑う。


「今年から始まった新校則・・・なんだけどね――キミたちの中から一人、このクラスを支配する”王”を決めてもらいます」

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