第14話 コインの裏表


「……私、この学園に意見書を出すわ」


 なんとも不快そうに眉をひそめ、レティシアは言った。


「教員と外部貴族の間で、腐敗した取引が行われているってね」


「やめとけってレティシア。もういいだろ、終わったことなんだしさ?」


「よくないわよ!」


 ダン!と彼女はテーブルを叩く。


「一歩間違えば、夫が不条理な試験で落第させられていたのよ!? これを怒らない妻がどこにいるの!」


「一歩間違ったくらいで、俺が落第させられていたと本気で思うのか?」


「それは……」


「あり得ない。だから落ち着けって」


 どうどう、とレティシアを落ち着ける俺。

 

 まあぶっちゃけ、レティシアを通して学園にイチャモン付けるのは気味がいいかもしれない。


 だが、学園長に釘を刺されたばかりだし?

 多少は大人しくしておきたい。

 もう面倒はゴメンだ。


 ……そんなことよりも、だ。


「それよりさ……レティシアはこの状況・・・・に、違和感を感じないのか……?」


「違和感?」


「俺とキミが、相部屋・・・であることに!」


 ――初めに言っておくが、王立学園の寮棟は男女で建物が別れている。


 当たり前だ。

 思春期真っ盛りの男女をいつでも行き来できる同じ建物に突っ込めば、一体どんな事態となるか?


 そんなん馬鹿でもわかる。

 いや猿でもわかる。

 少なくとも男は猿に成り果てるだろう。


 だから当然、俺も男子棟に部屋を割り振られると思っていたのに――


 ……俺とレティシアは今、男子棟でも女子棟でもない、小さな個別棟にいる。


 本来は王族の人間のような、諸々の理由で他生徒と一緒にしておけない人物に割り当てられる場所らしい、のだが。


「おかしいって! オードラン領の屋敷でも俺たちは別々の部屋だったのに!」


「私も驚いたわ。最初は女子棟に案内されたのに、急に”学園長の指示”だなんて言われてここへ連れてこられたのだもの」


「学園長がぁ……?」


 あのお爺ちゃん、どういうつもりだ……?


 まさかレティシアが俺のブレーキ役だってことに気付いた?


 実際の理由は知らんけどさぁ!

 教育者としてこの判断は駄目だろ!

 間違いを起こしてくれって言ってるようなもんじゃねーかマジで!


「……部屋を分けられないか、学園長に相談してくる」


「あら、アルバンは私と同じ部屋がそんなに嫌かしら?」


「嫌じゃないです、むしろ嬉しいです。でもそういう問題じゃない」


「私たちは夫婦なのよ? 遅かれ早かれ同じ部屋で過ごすのだし、別に構わないのではなくて?」


「俺は構うんだが?」


「へえ、少し前に扉を斬り裂いて淑女の部屋に押し入ってきたのは、どこのどなただったかしらね」


「……はい、俺です」


 なんで?

 なんでそんなに堂々としてられるの?


 なんだろう、もしかして誘われてる?

 シャル・ウィー・ダンスって言われてる?


 いや、イカンイカン。

 こんな発想をするから童○なのだ。


 それに王立学園を卒業するまでは、手を出すのは我慢しようって決めているし。


 まかり間違って、もしレティシアを身重になどしてしまったら、彼女が学業を続けられなくなってしまう。


 それは俺の望むところではない。


 レティシア・バロウは才女なのだ。

 才は磨かれて然るべき。


「はぁ……わかった。そこまで言うなら夫婦らしく一緒に過ごすとしよう。ただし、ベッドの間に仕切りは設けさせてくれ」


「それは残念だわ。いっそベッドも一つだけで十分だと思っていたのに」


「レ・ティ・シ・ア!」


「クスッ、冗談よ。……ありがとう・・・・・、アルバン」


 ……やれやれ。

 俺の内心を理解してくれているのやら、いないのやら。


 いや、たぶん全部わかった上でからかわれているんだろうな。


 察しのいい彼女のことだし。


 流石は”俺の悪役令嬢”だ。

 



 ▲ ▲ ▲




《※ユーグ・ド・クラオン視点Side


「……お主があの悪名高い悪ガキアルバンの支持者に回ったと聞いた時は、気が触れたかと思ったものよ」


 ――王立学園の学園長室。

 そこで我は、ファウスト学園長とチェスを指していた。


「でしょうな」


「しかし杞憂であった。今ならお主の気持ちがよくわかる」


「アルバン・オードラン男爵のをご覧になられましたか」


「うむ、しかとこの目でな。まさか学園の教師をああも容易くあしらうとは」


 ファウスト学園長は感嘆とした様子で顎髭を撫でる。

 

 そのお気持ち、よくわかりますとも。


 アルバン・オードランとマウロ・ベルトーリの決闘を見た時、我も同じ気持ちだったのだから。


 最初にセーバスから「アルバン様は心変わりをなされた」などと言われた時は、頭を抱えそうになったものだ。


 かつて王国騎士団の仲間として共に戦場を駆け抜け、その剣術たるや騎士団長の我と並ぶ腕前と称された、我が盟友セーバス。


 そんな彼が持てる戦技を全て伝授したと言っていたのは、決して誇張などではない。


 我が見た限り……アルバン・オードラン男爵は、既に全盛期のセーバスよりも強い。


「彼は才能の神に愛されている。そうとしか言いようがありますまい」


「うむ。百年に一度……いや、千年に一度の逸材やもしれぬ。されど危うし危うし」


 会話しながら淡々と駒を動かすファウスト学園長。


 いやはや、相変わらずお強い。


「あの者は心に魔を飼っておる。強く、気高く、才に溺れず――故に容赦ない」


「敵対者を蹂躙せずにはいられない。まさに暴君の器ですな。……だからレティシア嬢と同室にしたのですか?」


「お主がワシに教えたのではないか、彼女がアルバン・オードランの歯止め役になっていると」


「ああ、そういえばそうでした」


 今度はこちらが駒を動かす。

 それもクイーンの駒を。


「オードラン男爵が暴君の器ならば、レティシア嬢は賢君の器。いずれ彼にとって、なくてはならない女性となるでしょう」


「名君、暴君、賢君……これらは全て表裏一体、コインの裏表と同じよ。しかし、その裏と表が、互いに背を向けることなく揃ったならば……」


「フフ、あの二人がどうなっていくのか――今から楽しみというものです」


「そうじゃな、今年から新校則・・・も適用されることじゃし。ほれ、チェックメイト」


「え? あ~! ……参りました」

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