第2章 学園へ入学する悪役夫婦

第11話 尻に敷かれる悪役男爵


 半年が経った。


 マウロのレティシア殺害未遂が世間に公表され、ベルトーリ家が没落してから、半年。


 今頃マウロは、監獄の中で己の行いを死ぬほど悔いているだろう。

 ざまぁない。


 で、それはそれとして――


「ちょっとアルバン。この報告書、また数字の計算を間違えていてよ」


「え、マジ?」


「苦手な書類は私に回しなさいと、いつも言っているでしょう?」


「いやでも、レティシアにはもう色んな仕事を手伝ってもらってるし……」


「嫁入りさせて貰ったからには、それくらいできて当然よ。ほら、こっちは手が空いたから終わってない仕事を回して頂戴」


「じゃあ、これとこれ……」


「はい、確かに受け取りました。それと部屋が散らかってきているわ。後で掃除してあげるから、手早く仕事を終わらせて」


「善処します……」


 ――俺は、完全にレティシアの尻に敷かれていた。


 いやマジで、俺の嫁が有能すぎる。


 書類仕事は勿論のこと、オードラン領の領地経営を見直したり、積極的に領民たちの声に耳を傾けたり。


 それに留まらず、最近では家事全般まで行うようになってきた。


 屋敷での掃除・炊事・洗濯なども手伝い、特に俺の身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれている。


 お陰でメイドたちからの人気は抜群。


「レティシア様に来て頂いてから仕事が楽になった!」

「レティシア様は公爵令嬢なのに少しも威張らない!」

「レティシア様がオードラン家に嫁いでくれて本当によかった!」


 みたいな声が毎日のように聞こえてくる。


 なんか……レティシアって、俺よりよっぽど仕事できるよな。

 バリバリのキャリアウーマンって感じ?


 近頃は当主である俺の影が薄くなっているような気さえする。

 喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら。


「浮かない顔をしてらっしゃいますな、アルバン様」


 その時、レティシアと入れ違いでセーバスが部屋に入ってくる。

 紅茶を淹れてきてくれたらしい。


「そう見えるか?」


「ええ、”実はオードラン家の当主って自分じゃなくて嫁の方では?”とでも思っていらっしゃる顔だ」


「ズバリ言い当てるのはやめろ。余計に複雑な心境になるから……」


「ハッハッハ、まったく贅沢な悩みでございますな。……もっとも、こんな生活が続くのもあと僅かですが」


「……そうだな」


 俺は先月、十六歳になった。

 レティシアも俺より少し早く誕生日を迎え、現在十六歳。


 貴族が十六歳になる――。

 それはつまり、王立学園へ入学する歳となったことを意味するのだ。


『マグダラ・ファミリア王立学園』。

 このヴァルランド王国に住まう貴族が一度は通う、由緒ある場所。


 俺たちはここで学問・教養・武術・魔法など様々な事柄を学び、貴族としての品格を身につける。


 また入学に際しては貴族優遇の制度があり、男爵以上の爵位があれば簡単に入学できてしまう。

 一応は平民の入学も認めているが、入れる者はごく少数だ。


 ――とまあ、一見するとよくある上流階級の学校に思われるのだが……その実情は、超エリート育成所。


 学園側が規定した成績基準を少しでも下回ると、例え公爵家長男であろうが王族の血縁者であろうが、即刻退学を言い渡される。


 その上、生徒間での蹴落とし合いも苛烈。


 才に貴賤なしとはよく言うが、王立学園はそれを地で行っている。


 ”入学は容易だが卒業は非常に難しい”などとも評され、入学者の半数が退学となる年もあるほどだとか。


 そのため王立学園で三年間の学園生活を送り、卒業証書を手にして初めて一人前の貴族と認める者も多い。


 言わば王立学園を卒業すること自体が貴族にとってのステータスなのである。


「王立学園に入学すれば、王都での寮暮らしが始まります。三年間だけとはいえ、お二人がいなくなられてしまうのはなんとも寂しいですなぁ」


「俺たちが退学させられて、途中で戻って来る可能性は考えないのか?」


「ありえません。私はお二人のどちらが主席でご卒業されるのか、今から楽しみにしているほどです」


「そりゃ随分と信頼されたもんだ」


「主を信頼してこその執事ですから」


「ならばその三年間、オードラン領はお前に全て任せる。頼むぞセーバス」


「お任せくださいませ。……ところで」


「うん?」


「その入学に関して、少々悪いお報せがございます」


「悪い報せ……?」


 え、なに?

 入学に関する悪い報せって、どういうこと?


 なんか、あんまり聞きたくないような――


「実はですな……数名の貴族から、”アルバン・オードランは王立学園に相応しくない”という批判声明が出されてしまいまして」


「はぁ? そりゃまたなんで?」


「以前からの悪評に加えて、マウロ公爵を陥れたのが決定打となったのでしょうな。ちなみに批判声明を出したのは、皆ベルトーリ家と関係のあった者ばかりです」


「……面倒くせえ」


 ――現在、俺の世間的な評価は二分されている。

 つまり擁護派と批判派がいるのだ。


 一方は”マウロ公爵からレティシア嬢を救い、その悪行を白日の下に晒した名君”というもの。


 もう一方は”逆恨みによってマウロ公爵を陥れた、噂通り最悪の暴君”というもの。


 マウロ公爵の傍若無人っぷりを知っていた者やベルトーリ領の荒廃を知っていた者は、俺たちを擁護してくれる傾向にある。


 例えばクラオン閣下なんかがそうだ。

 セーバスと旧友だったからという点は勿論大きいが、例の一件以降ずっと俺たちに味方してくれている。


 だが一部の貴族たちは”男爵が公爵を謀るなど言語道断”と主張。

 権力主義を振りかざしている。


 こいつらは元々ベルトーリ家と繋がっており、マウロの下で上手い汁を吸っていた連中だ。


 もっともそういう手合いは、バロウ公爵家の怒りを買うのが怖くてレティシアを批判できず、俺にだけ批判を浴びせてくるのだが。

 なんとも滑稽で笑えるな。


「いっそマウロ共々、そいつらも没落させてやろうか」


「駄目ですよアルバン様。それは流石にクラオン閣下も庇い切れなくなります」


「冗談だ、冗談。で、そのネガティブキャンペーンの結果、俺はどうなるって?」


「クラオン閣下のご助力もあり――妥協案として”試験”を受けさせてはどうか、との結論になりました」


「試験……だと?」


 通常、貴族の子が王立学園に入学する際には”〇〇家の子供である”ということが証明できれば顔パスで入れる。


 多少は金を積む必要こそあるが、伝統的に試験の類は行われない。


 先祖から受け継いできた尊い血筋こそが、優秀さの証明になるって考えもあるからな。


 貴族に対して行われる入学試験なんて、少なくとも俺は初耳だ。


「はい。おそらくは形骸的な内容になると思われますが……念のため、ご注意はされるべきかと」


「政敵共がどんな嫌がらせをしてくるのか、わかったもんじゃないもんな」


 あ~あ、面倒くさ。

 俺だけ試験とか、差別はんたーい。


 ――ま、別にいいけど。


 どんな試験をするのか知らないが……このアルバン・オードランを落とせるものなら、落としてみるんだな。

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