第10話 決着


「それではこのユーグ・ド・クラオンが、両者の決闘を見届けよう」


 クラオン閣下立ち合いの下、俺とマウロの決闘が始まる。


 マウロにも剣が渡されており、彼は激昂した表情でそれを構える。


「アルバン・オードラン……! 貴様は絶対にこの場で殺してやる……!」


 如何にマウロが放蕩貴族だとしても、貴族は貴族。

 構えを見る限り、多少は剣術の覚えがあるらしい。


 もっとも……素人に毛が生えた程度だな、こりゃ。


「先に一つだけ聞いておくぞ」


「あぁ!?」


「レティシアに謝罪する気はあるか? もし心から謝るなら、多少穏便に済ませてやる」


「ふざけんじゃねぇぞ! 死ねェ!」


 こちらの発言を挑発と捉えたらしく、勢いよく斬りかかってくるマウロ。


「そうか。なら遠慮しない」


 俺はヒョイッと斬撃を回避すると、マウロの顔面に殴打をお見舞いした。


 剣を持たない左手で、思い切りぶん殴ったのである。


「ぐあっ……!?」


 グキャッという鈍い音が響く。

 今の一発で鼻が折れたらしい。


「どうした? 俺を殺すんじゃないのか?」


「こ、この……ッ!」


 鼻血を垂らしながら、がむしゃらに剣を振って来るマウロ。


 その剣筋はブレブレ。

 これでよく決闘なんて言い出したよな。

 

「遅い」


「ぐぎゃあっ……!」


 刃を避けて顔を殴り、腹部に蹴りを入れていく。

 

 殴り、蹴り、殴り、殴り――

 何発も、何発も何発も。


 奴の斬撃なんてかすりもしない。


 対照的に、見る間にボロボロになっていくマウロの姿はなんとも滑稽だ。


「な、なじぇだぁ……!? どぼぉじて当たらないいぃ……!?」


「そりゃ半年間みっちり鍛えたからな。領民苦しめて遊び惚けてたお前なんかと一緒にするな」


「う、嘘だうぞだ……! アルバン・オードランが、あの怠惰なクズ男爵が……!」


「マウロ様ってば、さっきからなにやってんのよ! そんな奴さっさと殺しちゃって!」


 見るからに劣勢のマウロに、心ない野次を飛ばすニネット。


 コイツも大概クソだな。

 マウロと一緒に地獄に落ちるのがお似合いだろう。


「ぐっ……ぐぞがぁッ!」


「だから遅いって」


 再び斬撃を避け、奴の側頭部に蹴りを叩き込む。


「ぼげぇ!」


 惨めに吹っ飛んでいくマウロ。


 だが――俺はまだまだ、こんなもので済ませる気はない。


「……いいか? レティシアはなぁ、お前が破滅しないようにずっとずっと頑張ってたんだぞ?」


「な、なんの、はなひ……?」


「お前が女遊びに惚けて、領民を苦しめている間、彼女は少しでも多くの人々を救おうとしてたんだ」


「りょ、領民なんへ、いくら死んへも勝手に増えて……!」


「黙れ」


 俺はマウロの左手に剣を突き刺す。


 串刺しとなった手の平はピッタリと地面にくっ付き、大量の血が噴き出た。


「ぎ――ぎゃあああああッ!」


「貴族ってのは、どこまでいこうが民に寄生する虫なんだよ。宿主なしでは生きられない、それが俺たちなんだ」


 グリグリ、と傷口を広げる。


 痛いか?

 痛いよなぁ。

 でもレティシアの心は、もっともっと痛かったんだ。


「レティシアはそれがわかってるから、領民を助け、子供を救い、リスクを背負ってまでベルトーリ領を立て直そうとしたのに……それをお前は――!」


 突き刺した剣を引き抜き、今度は奴の顎を蹴り上げる。


 たぶん顎の骨が砕けただろう。


「お前は彼女を――彼女の気持ちを踏みにじったんだ!」


「ぐ、ぐぎぎ……ッ!」


 もはやマウロにはマトモに戦う力も残っていない。


 だが、俺は手加減する気などない。


「……彼女が味わった絶望を、お前にも味わってもらう。覚悟はいいか?」


「ふ、ふ、ふざけ……!」


 剣を支えにして、マウロはヨロヨロと立ち上がる。

 そして――


「ふざけんなあああああッ!」


 大きく振り被って、捨て身の特攻を仕掛けてきた。


 それを見た俺は、初めて剣を両手で握る。


 間合いを見計らい、奴が攻撃範囲に入った瞬間――刃を振るった。


 ――ボトリ。


 地面に落ちる、マウロの剣と”腕”。


 剣の柄を握ったままの右腕を、前腕の途中から斬り落としたのだ。


「う――――うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 苦悶の表情を浮かべ、絶叫するマウロ。

 俺はそんな奴の目の前で、剣を振り被る。

 トドメを刺すために。


「これで終わりだ」


 決闘はルール上、どちらかが「参った」と言うまで続く。


 逆を言えば、それを言わない限りどちらかが死んでも無問題。

 あくまで”決闘による正当な死”として扱われる。


 だからさ……コイツは、ここで死ぬべきなんだ。


「死ね」


 無慈悲に、剣を振り下ろそうとした。

 しかし――


「――駄目よ」


 フワリ、と何者かが俺の身体を押さえる。


 レティシアだ。

 彼女が俺の背中に抱き着き、動きを制止したのだ。


「……もう十分。それ以上は、あなたの魂まで穢してしまう」


「レティシア……俺は――」


「ありがとう。でもいいの」


 背中に頬を付け、彼女は静かな声で言う。


「クラオン閣下、決闘の終了宣言を」


「……うむ。この決闘、アルバン・オードラン男爵の勝ちとする」


 その宣言の後、マウロとニネットは騎士たちに連行されていった。


 この決闘も含め婚約破棄の真相が表沙汰になれば、ベルトーリ公爵家の没落は免れないだろう。


 形として、レティシアの無念は晴らせたと言えるが――


「……よかったのか、レティシア?」


「ええ、意趣返しが出来ればそれで十分。私は、決して人殺しがしたかったワケじゃないもの」


「俺は殺したかったが」


「あら? 私に人殺しの妻になれと仰るのかしら?」


「いや、そういう意味じゃ……」


「冗談よ、冗談」


 レティシアはクスッと笑うと、


「でも……嬉しかった。私のために、本気で怒ってくれて」


 朗らかな天使のような微笑を、俺に見せてくれた。


 それは初めて俺に見せる、心からの笑顔に思えた。


「……どういたしまして」


「さっきの演技も息ピッタリだったし、私たちきっといい夫婦になれそうね」


「同感だ。最高の夫婦になれる」


「ウフフ、さしずめ”悪女”と”大悪党”の悪役夫妻ってところかしら」


「そりゃいいな。今日から俺たちは、悪と悪との最凶夫婦だ」


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