第6話 悪行の真相


「アルバン様、レティシア様になにがあったのか、全て調べて参りました」


 ――レティシアが嫁いできてから十日。


 諜報に出ていたセーバスがさっそく戻って来た。


「流石、仕事が早いなセーバス」


「お褒めに預かり、恐悦至極」


 セーバスは王国騎士団・商人連合・冒険者ギルド等に太いパイプがあり、貴族たちの裏事情を調べるなどお手の物。


 敵にすると恐ろしいが、味方にいてくれると非常に頼もしい存在だ。


 ……ホント、なんでそんな人物がウチで執事やってんだろうな?


 今は亡き両親グッジョブ。


「それで、結局なにがわかった?」


「はい、結論を申しまして……レティシア様は陥れられたと言えます」


 だろうな。

 それくらいは予想してた。


 問題なのは――


「……誰が彼女を謀った?」


「マウロ・ベルトーリ公爵。レティシア様の元婚約相手です」


「元婚約者が……?」


 これはちょっと驚き。

 

 いや、予想というか容疑者としては浮かんでいたけど。


 でもその線は薄いかなと思っていた。


 なぜなら、ベルトーリ公爵家はバロウ公爵家より立場が下。


 レティシアを嫁入りさせてもらうことで家柄を強められるから、彼女を放逐する利点がない。


「舞踏会の会場にてマウロ公爵がレティシア様の悪行を暴露し、その場で婚約破棄を突き付けたとか」


「……続けろ」


「それから、マウロ公爵の腕に抱き着く別の女がいたそうです。マウロ公爵は”彼女と結婚する”と言い放ったとも」


「もう十分だ。マウロを殺そう」


 うん、アレだ。

 よく貴族にいる奴だ。


 自分が一番偉いと思い込んで、世の中がなんでも思い通りになると勘違いしてるタイプ。


 以前のアルバン・オードランもそうだったけども。

 だからこそ、尚のこと許せない。


 大方、マウロは尻の軽い女に唆されたのだろう。

 

 阿呆に限って、レティシアみたいな身持ちの固い女より尻軽女を好むからな。


 ――さて、どうやって殺そっか?


 男爵が公爵を殺すなど絶対にあってはならないが、政治の世界で暗殺など日常茶飯事。


 やり方など無数にある。


 とりあえず野盗を使って誘拐して、目一杯痛めつけたら湖にでも沈めよう。


 拷問のプロも雇っておこうかな?

 いや、やっぱ俺が自分でやるか。


 レティシアを悲しませたことを、死ぬほど後悔させてやる。


「まだお話は終わっておりませんよ、アルバン様」


「なんだ? マウロがド畜生の浮気者で、レティシアに罪を被せて捨てました、はい終了って話だろ?」


「いえ、実はそう単純な話でもありません」


 セーバスは目線を下に逸らすと、なにやら言い出し難そうに口を開く。


「……レティシア様が税の横領やベルトーリ家の資産に手を出したというのは、どうやら事実のようなのです」


「――なんだって?」


 俺は、我が耳を疑った。


「ありえない! 彼女がそんなことするはずがない!」


「落ち着いてください。これは事実ではあれど、理由があるのです」


「理由……?」


「はい。ベルトーリ領は数年前、マウロ公爵の失策のせいで多くの領民が貧困に苦しんだことをご存知ですか?」


「ああ……一応は」


 確か税を重くしたせいで、餓死者と難民が大量に出たんだっけ?


 あと捨て子が問題になったとか。


「”領地の税を横領し、その金で屋敷に若い男を連れ込んで、淫靡にふけっていた”――これは半分事実、半分間違いなのです」


「というと?」


「正しくは……”領地の税を横領し、貧困で路頭に迷ってしまった子供たちを屋敷で保護して、生活支援を行っていた”なのですよ」


「! それじゃ、レティシアはベルトーリ領の捨て子のために……!」


「糾弾されるのは覚悟の上、だったのでしょうな」


 そういえば、レティシアは言っていた。

 子供が好きだって。


 話から察するに、自分のポケットマネーだけじゃ子供たちを養い切れなかって感じか。


 それで税の横領なんて真似を……。

 そこまでして……!


「それと”ベルトーリ家の資産に手を出すほどの浪費家”という言われ方も、真実を歪曲されています」


「……本当は?」


「”ベルトーリ領の貧困を解消すべく、領地の生活水準を向上させる投資に使っていた”――ということです」


「……なんてことだ……!」


「マウロ公爵は、領民に興味がなかったらしいですからな。見るに見かねて、だったのでしょう」


 マジかよ……。

 レティシア、全然悪いことしてないじゃん。


 それどころか、阿呆なマウロの尻拭いをするために身を粉にしてるじゃん。


 確かに税の横領とか資産を勝手に使ったのはよくない。

 でもそうしないと、ベルトーリ領の被害が増えるばかりだった。


 そして、その先に待っているのは――領民の反乱。

 ベルトーリ家の破滅。


 それをレティシアはわかっていたんだ。

 なんて出来た嫁さんだよ。


 嫁ぎ先とはいえ、他人の領地のためにそこまでしてくれる人なんて、普通いないぞ!?


 有能に超が付いて然るべきだろ!


「驚くべきは、レティシア様がこれを何年もマウロ公爵にバレないよう行っていたことです。よほどの手腕がなければ不可能だ」


「だが……遂にバレてしまった」


「ええ。もっともマウロ公爵にとっては、婚約破棄するための建前に過ぎなかったのでしょうが。お二人の仲は冷え切っていたようですから」


 ……最悪だ。

 こんなに腸が煮えくり返ったのは、いつぶりだろうか。


 レティシアは、ほとんど犠牲者だ。


 嫁ぎ先が破滅に向かわぬよう最善を尽くした結果、夫に裏切られた。


 だが言い訳はしない。

 悪事に手を染めたのは事実だから。


 マウロに暴挙よって事を明るみに出された結果、バロウ家も彼女を庇い切れなくなってしまった。


 だが泣き言は言わない。

 全て覚悟の上だったから。


 俺に対して執拗に距離を置こうとしてくるのも、きっと身を案じてくれているからだ。


 万々が一にでも「レティシアがアルバンを誑かし、マウロに復讐しようとしている」なんて噂が流れれば、マウロは暗殺者を仕向けるだろう。


 あるいは堂々と謀殺されるかも。


 公爵が男爵に罪を被せるのなんて、卵の殻を割るより簡単だもんな。


 彼女はそれを避けようとしてくれているのだ。


 頑なに真相を語ろうとしなかったのも、俺が知ることで殺されるリスクが高まると知っていたからだろう。


「……セーバスよ」


「はい、アルバン様」


「真実を知った時、どう思った?」


「率直に申し上げてもよろしいので?」


「許可する」


「端的に言って――”ふざけんな”と」


「俺も今、同じ気持ちだ」


 俺はアルバン・オードランだ。

 アルバン・オードランは悪党だ。


 傲慢で、不遜で、怠惰で……。

 クズの要素を凝縮した悪役貴族だ。


 けど、これだけは言える。


 マウロ・ベルトーリの方が、俺なんかよりよっぽどクズだってな。


「アルバン様、このセーバスにできることなら、なんなりとご命令を」


「俺の悪事に付き合ってくれるか?」


「勿論です。私はアルバン様の執事ですので」


「いいだろう……。レティシアを陥れたクズ野郎に、悪党のなんたるかを教えてやろうじゃないか」

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