カフェテラスMisskey.io

小林素顔

私と、私をTwitterに連れ戻したい男の話

「もうTwitterには戻られないんですか」

 そう私に尋ねると、目の前の男はテーブルのココアを持ち上げてカップを口に傾けた。

「おいしいかい」

 私が訊くと、男はカップを降ろして私を上目遣いに睨んだあと、ため息をついた。

「おいしい、ということにしておきましょう。それよりも質問に答えてください。戻られないんですか」

「戻ってるよ、定期的に」

「嘘をおっしゃらないでください、ホームにはあなたのKindle本の宣伝botが繰り返されてばかりじゃないですか」

「ツイートしないで少し相互さんの消息をROMして、そのあとトレンドトピックを一つだけ開いて、後悔してアプリを閉じてる」

 私がテーブルに頬杖をついてそう言うと、男は首を横に振った。

「ツイートしてこそのTwitterじゃないですか。おはよう、おやすみ、いただきますだけでも使いこなせればなんてことないでしょう」

「そういうものかな」

 私が首を傾げると、男は軽くため息をついてカフェテラスのテーブルから視線を上げた。

 Misskey.ioの人々の行き交いを二人して眺める。これでもかと膨らんだ胸のシスターや、半ズボンから伸びる脚を溌剌と日にさらすショタやメスガキ、ケモミミの少年少女たちが楽しそうに主人とじゃれ合っているのを、私は微笑ましく眺めていたが、男は顔をしかめて視線を逸らした。

「まるで精神性の露出狂ばかりじゃないですか」

「ここはMisskey.ioだ。そんなことをここで言ったら村上さんにサイレンスにされるかもしれない。まあ心の広い方ではあるから大丈夫だろうけれど」

「独裁がお強いようで」

「君のところのCEOよりましさ。説得力のあるルールを明文化してくれている。理由の説明もなく突然アカウントを凍結したりするようなことはしない」

 私が言うと、男は舌打ちしてカフェのメイド服の子を呼び、コーヒーのないメニューに辟易しながら、ふたたびココアを頼んだ。

「あの子、男だと思う、女だと思う?」

 私の問いに、目の前の男は露骨に苛立った。

「デリカシーが無いですね」

「君たちのところで盛んに叫ばれている多様性について伺ったつもりだったのだけどね。これは失敬」

 私の言葉に、歯噛みするような表情で、男は再び通りに目をやった。

Misskey.ioのローカルタイムラインは個性的なノートであふれかえる繁華街だ。イラスト、怪文書などの創作に限らず趣味嗜好がどっと流れ込んでくる。MFMアートと呼ばれるカスタム絵文字を組み合わせた作品はMisskey.ioの住民に特に人気が高い。

 その様子を、他のSNSから来た者たちは「濁流」と称したりする。まるで自分たちのSNSが清流であるとでも言いたげに。

「詩を書いてくださいよ、小林さん」

 男が通りの方を向いたまま私を呼んだ。今度は私がため息をつく番だった。

「詩が書けないことと、私がTwitterに居ないことは、イコールではないよ」

「そうであったとしても、詩を書いたらTwitterに情報を上げるでしょう? だからあなたには詩を書いてほしい」

 そう言い切って、男は私の方に向き直った。

「あなたのこれまでの時間をどぶに捨てるような行いなんです、ここに居ることは。なんですか、メスガキだショタだと駄文を連ねて。もっと詩誌に貴方の作品を突き付けて世に打って出るべきだったんだ」

 男の言葉に、私はテーブルのベイクドモチョチョを手に取って、ひと口つまんだ。カスタードだった。

「そう思うのか」

「思いますよ」

「そういう精神性に私は疲れたんだよ」

 ベイクドモチョチョを一つ食べきって、私は男の眼をじっと見つめて言った。

「現代詩って、ネット詩は二流で紙の雑誌に載って一流みたいなところあるだろ? それに詩集をひとりで出版するとなると何十万とかかるし、出版社持ちで詩集を出すチャンスなんてめったにない。その詩集が話題性をもって売れるかどうかも人によって異なるし、ぶっちゃけて言えば、若ければ若いほどその天才性をキャッチコピーにして販促がかかる。売れっ子の詩人、売れない詩人、売るものが無い詩人、ネットに詩を書いているなんか雑多垢の人、と、こうして詩人がカーストにぶち込まれる。いやだったんだよ。現実逃避のために詩を書き始めたのに、そんなところでまた現実を突きつけられる。どこの創作界隈も似たようなものだと知ってますます幻滅した。そのカーストを顕在化するツールとしていま最も力強いのがTwitterだ。もううんざりなんだよ」

 そう言うと、男は鼻で嗤った。

「Misskey.ioにはそのカーストが無いと?」

「いまのところはね」

 私は自分のココアのカップを取って口を付けた。すっかり冷めてしまっていたが猫舌なのでこれでちょうどいい。

「じきに同じ道をたどると思いますよ、どんなSNSも。でもそんなことはいまはどうでもいい。あなたは詩を書くべきなんだ」

 男はそう言って私を、まるで頭蓋骨が軋む音が聞こえそうなほどの鋭い視線で睨んだ。

「あなたは逃げている。詩という正しさの中で生きるべきだったんだ。あなたはもっと正しさを求めるべきなんです」

「正しさか」

 私はココアのカップを置いて、彼の眼光を見つめ返す。

「その正しさは私を慰めてくれたかな」

「慰められる前に自分で勝ち取らなければいけない」

「それがもう疲れるんだ、勝ち取る力のない人間が居ていいとどうして言ってくれないんだ」

「そんな世界は無いからです。少なくともTwitterには」

 そう言って彼は私の方に身を乗り出して、鼻先まで顔を近づけた。

「Misskey.ioにはあるとでも?」

 その問いに、私は視線をそらさずに答える。

「希望はある」

 私の言葉に、男は天を仰いで、深い、これでもかというほどわざとらしいため息をついた。

「わかりました。もう二度とこちらには来ません。あなたには失望しました」

「そんなにTwitterの私が好きだったのかい」

「違う。詩人のあなたが好きだった」

「詩集の詩も、Twitterの詩も、Misskey.ioの怪文書も、同じ芸術性を持っているんだよ。金になるかどうかはそれぞれ差があるんだろうがね」

 私の言葉に応えもせず、男はテラス席の椅子から立ち上がって、Misskey.ioの雑踏の中へ消えていった。

 私は目の前のベイクドモチョチョをもう一つつまんで、中身の粒あんを見つめながら、実際、これで後悔は無いのかと自問自答したものの、後悔できる力があればここにはいないのだ、と、ベイクドモチョチョを胃に詰め込んだのだった。

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