第18話 愛の番狂わせ


グロウタウンに戻ってきた俺達は、そこで異様な光景を目にした。港を背に武装した集団と、それを牽制するアグリーツァの冒険者達…人だかりで何が起きているのか分からない。


「あっ、みんなも戻ってきたんだ。早かったね」


「ナターシャ!これどういう状況?セントーレアは?」


「セントーレアは…自分のやるべき事を見つけたよ」


ナターシャが少し俯く。


「何の騒ぎだ…」


こうなったら人だかりをかき分けて進むしかない。三人を置いて前に進んだ。


『ここから出ていけ!』


『ここはお前達の領土じゃない!』


冒険者達に押し合いへし合いされるなか、聞こえてきた言葉は到底穏やかなものとは思えない。


「一体何が…っ…!?」


なんとか先頭までたどり着き、顔を上げる。そこにいたのは…ベルナだった。


「お久しぶりです。ゼノ」


「…お迎えってわけか」


ベルナが俺の方を向くと、周囲の冒険者達は距離を取った。


「私の要求などとっくに分かっているでしょう?答えを聞きましょう」


「俺は…」


口を開く。しかし…


「おっとそこまで。話し合いで解決できるならこんな事にはなってねーって、そろそろ分かってほしいモンだがねぇ」


突如響く声。間違いなくあの男だ。


「っ…!」


「…やはり来ましたか、叛逆者!」


男は姿を現した。軽い布切れのような服に身を包む、冷たい瞳の男だ。


「さてさて答え合わせだ。俺の名を当ててみな」


「…ゼロ・スティングレイ」


男は口の端を上げて乾いた笑い声を発した。


「半分正解だ。生憎、今の俺は氷雨家二十五代目当主、氷雨零として来てるんでな」


「…これで最後になるといいのですが」


ベルナが杖を構える。


「ま、最初っから話し合いなんてする気ねぇわな。リヴィドにしろレグーナにしろ、何でどこもかしこもトップが一番脳筋なのかは知らねーけど、なっちまったモンは仕方ない」


ゼロが刀を抜く。戦いが始まる前に、俺は伝えるべき事があることを思い出した。


「父さん、ベルナは俺に任せてくれないか」


「オイオイ、その怪我で正気か?死ぬぞ」


何故この男には怪我のことが見透かされているのだろう。俺は傷を隠しているはずなのだが…


「これは俺の問題だ。いつまでも守ってもらってばかりってわけにはいかない」


父親の目をまっすぐ見た。冷たい瞳が、少し緩んだ気がする。


「…まぁいいさ。なら、お前がぶっ倒れたら俺が代理で戦ってやる」


「なるまい。貴様の相手は私だ」


ベルナの後方から聞こえる声…カトレアだ。


「ああ?テメーは…ああ、あの時の雑魚じゃねぇか。相手ならしてやるが、しらけさせてくれるなよ?」


「フン…ベルナデッタ様、叛逆者は私にお任せを。時間稼ぎくらいならしてみせます」


「…許します」


ゼロがカトレアに刀を向け、一歩、また一歩と進んだ。俺は正面のベルナを見る。


「因みになんだが、平和的に解決ってできたりするか?」


「貴方が私に永遠の忠誠を誓い、他の女に浮気せずに、私だけを愛すると誓うのなら」


「…無理そうだ。一緒に幸せになりたい人が他にも沢山いるんでな」


僅かな希望は潰えたが、ここで勝てばいいだけのこと。そうすれば俺の想いを伝えられるはずだ。


「…貴方を傷つけたくはなかったのですけれどね…」


「そうでもしないと互いに話なんて聞かないだろう」


「私への愛以外を発するのなら、いっそのことその口を閉ざしてしまいましょうか」


「俺の願いが聴けないその耳、必要か?」


剣を構える。大丈夫、俺はあの男の息子なんだ。やれるはずだ。足りていなかったのは勇気だけだと信じる。逃げるのもこれで終わりにする。


「あなたの愛の言葉が聴けないのなら、必要ではないかもしれませんね」


ベルナの魔法。レグーナの守護龍と同格の風の魔法だ。普通なら逃げるべきだが、今は違う。己を信じて暴風を切り裂く。


「…ようやく君の足下まで追いついた」


今、俺は初めて彼女と同じ土俵に立った。怯えることなく、逃げることなく、まっすぐに彼女を見据えている。観衆の目も気にならない。きっとどこか、意識の外だ。


「…何を得た…?」


ベルナは俺が彼女の魔法を突破することを想定していなかったようだ。だがそれは油断ではなく、彼女自身への絶対的な自信から来るものだろう。


「家族を。正しい愛の存り方を知った」


杖先の宝石が光る。新緑よりも深く、柔らか光が周囲を照らす。だが俺は突き進んだ。


「くっ…!」


風の刃が俺を襲う。迎撃しきれず、何発かがまともに当たってしまう。


「何故…その傷で…!」


ベルナの方へ。皆を心配させないように隠していた傷が顕になる。


「心臓が抉れて…!?」


彼女の方へ。ベルナが戸惑い、杖先が揺れるのが分かった。


「それ以上無理をすれば貴方は…!」


ベルナが杖を投げ出した。俺の方に駆け寄ってくる。きっと彼女の中でなにかが変わったのだと分かる。俺は彼女の抱擁を受け入れた。


「馬鹿…!どうしてこんな無茶を…!」


「…ようやく俺の話を聞いてくれる気になったかい?」


「話…?」


安堵のせいか、俺は傷の痛みを再び知覚した。しかし続けなければ…


「ああ、まずはその…急に逃げたりしてごめん。心配したよな」


リンとローズという家族の存在を知って初めて分かった。あの夜、急に俺が姿を消した時のベルナの心境を。


「なぜ…逃げたりしたのです…」


彼女の足元に涙が落ちる。俺と向き合えたことが嬉しいのか、それとも俺が死んでしまうのではないかと思っているからかは分からない。だが少なくとも今の彼女は俺に向き合おうとしてくれている。


「何でだろうな…きっと、日常に飽きていたのかもしれない。親の顔も知らないまま、ただ用意されただけの日々を貪っていくのが耐えられなかったんだろう。…誰かのために生きていたい、必要とされたい、尊敬されたい。…愛されたい。そんな感情が募って、何もかも投げ出してどこか遠くに行きたかったんだ」


俺は今、自分の気持ちが理解できた。結局は何もかも徒労に終わろうとしている。それでも俺は家族に会えて幸せだった。


「私には貴方が必要だと何度も言っていたではないですか…!」


「そうだな。だから…ごめん。俺の自分本位な考えが君を苦しめた。家族を得たと言っておきながら、最初から近くにいてくれた家族に気付かなかったんだ。実に滑稽だな」


「もう喋らないで…!貴方の身が第一です!どうか安静に…!」


「そんなに心配しなくても、俺は君を置いて死んだりしないよ。…だからさ…もう一度…やり直せないかな。今度は恋人じゃなくて、家族として」


「!…はい…!」


気が付けば、抱きしめていたのはベルナではなく俺の方だった。近くで見る彼女は美しかった。


「こんな争いなんて、さっさと終わらせてしま…がッ…!?」


腹部に激痛が走る。冷たい針に貫かれているような、鋭い痛みだ。


「ゼノ…!?一体どうし…あ、あなたは…!」


ベルナの驚嘆の声の向けられる方向に振り向く。そこには他の誰でもない、セントーレアが立っている。


「やって…しまった…ハハ、ハハハハ!!やってしまった!もう戻れない、戻らないさ!最初からこうしていればよかったんだ!!」


何かに取り憑かれたかのようだった。まさか、『自分のやるべき事を見つけた』というのがこのことだと言うのか…?


「セントーレア!なぜ…!!」


「ハハハ!!アハハハハハハハ!!!よかった!これで何もかも無茶苦茶だ!!ハハハハハハ!!!」


猟奇的に笑うセントーレアの姿だけが俺の視界に映り、それ以外が霞んでいく。遂には俺の名を叫び続ける声すら遠くなっていった。エンバージュと戦った時のように決意を抱いたが、身体はとうに限界を迎えていたようだった。


「さぁ…大番狂わせの時間だ!!」


どこで道を踏み外したのか、自分はそこに関わっていたのか、何も分からないまま、俺は瞳を閉じた。













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