L43a
春嵐
第1話
願いが叶う。そういう、言い方だった。
通信を切る。
この場所。校舎の屋上。この敷地内に、L43aがある。
一切の情報がなかった。L43aという、名前だけがある。まだ見つかっておらず、見つけた者の願いを叶える。
「願いを叶える、ねぇ」
後ろ。彼が来た。
「任務だから探すけどさ」
彼は、わたしの協力者という位置付けだった。たまたま付き合っているから、という、それ以外の理由もない関係。協力関係がなくなれば、別れるかもしれない。あまり彼に執着はなかった。歳の差のせいかも。
「見つけたら何お願いすんの?」
「見つけるまでが任務だから」
「それはそうだけどさぁ。願いは自由、ってことじゃないの。本当に必要なら願いの内容とか回収先の指示とかあるはずじゃん。見つけるだけは不可解だって」
たしかに、そう。わたしが危険なことをお願いしてそれが叶えば、たいへんなことになる。
「信頼されてるのかもね、わたし」
んなわけないのに。
「んなわけねぇだろ」
彼もお見通し。
たまたま、見た目が若いからって、ここに送り込まれた。普段の任務も少ない。たぶん。干されている。
それはそれでいいと思っていた。出世欲も、世界を救いたい要求も、特に持ち合わせていない。たまたま身の丈にあっていたので、組織にいて。そして組織に馴染まなかったから、今ここにいる。
「おれも自由なのかな。見つけたら願いが叶うのかな」
「そうじゃないかな」
協力者なので、通信も届くし、同じ任務内容になる。ただ、危険になったら弾避けにするし、手遅れになったら見捨てる。そういう位置づけの、彼氏。
「なにお願いするの?」
訊き返してみる。彼氏とはいえ、どうせ思春期の子供。ヒーローになりたいとか、ハーレムになりたいとか、そこら辺がいいところだろう。漫画雑誌しか読んでないような年代。
「おれ?」
「うん。おれ」
「おれの願いはひとつだよ」
からの、沈黙。
「なによ」
「当ててみてよ」
面倒になった。
なにも言わず、屋上からの景色を眺める。
彼も、なにも言わず、隣に座っている。この、沈黙を許容してくれるところが、彼の良いところだった。思春期のばかどもとは一線を画す、不思議な落ち着き。わたしが喋らなければ、彼も喋らない。わたしが何もしなければ、彼も何もしない。完全受け身スタイル。
「ひ」
「ヒーローになりたいとか、そういう漫画雑誌みたいな願いじゃないからな?」
「ひぃぇ」
ヒーローになりたいっていうその一文字目で先手をとられた。
「は」
「ハーレムでもないです。思春期の子供か?」
「はぁぇ」
思春期の子供だろおまえは。
「おてあげ。わかりません」
「日々の幸せだよ」
「なにそれ」
「日々の、小さな、幸せ。それがおれの唯一の願いだよ」
「じゅうぶんでしょ。あなた普通に暮らしてるんだから」
「俺じゃないよ」
ちょっと考えて、わかった。
わたしか。
わたしの日々の幸せを願ってるのか。
「どうせ、ないんだろ。叶えたい願い」
それは、そうだった。なにも要求はない。任務にしたがって生きて、どこかでしぬ。そういう、何も無い人生だから。願うという挙措そのものが存在しなかった。
「じゃあ、わたしもそれにしようかな」
「いいんじゃないか。日々の幸せは大切だぞ」
あなたの、とは。言えなかった。どうせいつか別れる彼氏。いまさら幸せがどうこう言えるほど、新鮮な感情を持ち合わせてはいなかった。
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