9. 巧妙な手口だろこれ

9. 巧妙な手口だろこれ




 成り行きで西城さんと東雲さんとも合流し、4人で食事を済ませ、そのあとは女子会に参加する場違いな男に成り下がったオレ。


 しかし、オレは財布がないから高宮さんと一緒にいないといけないという地獄のような時間を過ごす。その間も高宮さんはとても楽しんでいた。そして、帰り道。西城さんと東雲さんと別れ、オレは高宮さんと駅まで一緒に歩く。


 すると不意にオレの右腕に抱きついてくる高宮さん。柔らかい感触がオレに……そして昨日の押し倒した感じになってしまった光景がよみがえってくる。


「おやおや?右腕ががらあきですなぁ旦那様?」


「あの当たってますよ?」


「昨日触ったじゃん」


「いや触ってないよね?オレはそのまま寝たし」


「どうかなぁ?無意識の神坂君は本能のまま私の胸をまさぐって……」


「これは『タイプリープ』案件だな」


「ふふ。真実は闇の中だね」


 なんかこんなからかい合うくらい仲良くなったのだと思うと少しは嬉しくもある。そして改札前で高宮さんはオレの方を向き口を開く。


「なんか初デートじゃなくなっちゃったね」


「初デートより先に初お泊まりをしてるけどな……」


「初キスもしたし?」


「ちょっ!こんな外で言うなよ……恥ずかしいだろ」


「それは神坂君が悪いかな。私とヤってればそんなこと恥ずかしくないのにさ?」


「オレを殺す気なのか高宮さんは?いきなりそんなことしたら後悔でふと我に返ったらショック死しかねないぞ?」


「確かにそうかもね」


 高宮さんは笑いながらオレを見る。本当にこの子は何者なんだ? そして電車に乗り込む。いつもの座席に座り、オレは聞きたいことがあったので聞いてみることにした。


「なぁ高宮さん」


「なにかな」


「今年のクリスマスに春人に告白されるんだろ?」


「されるね」


「オレにどうしてほしいの?止めてほしいってこと?」


 オレがそう言うと少し間が空いてから高宮さんが答える。


「……解釈は神坂君に任せるよ」


「意味分からないけどさ……」


「いい女は少しミステリアスなほうがモテるから」


「……オレの未来の奥様なのに?」


「女の子はいつでもチヤホヤされたいものだよ?」


 そんなことを話していると、オレの降りる駅に着く。オレが立ち上がると高宮さんが声をかける。


「神坂君」


 オレはその声に立ち止まる。振り返ると、高宮さんの綺麗な瞳が真っ直ぐにオレを見つめている。少しの間見つめ合いながら時間が過ぎる。


「どうした?」


 そして、高宮さんの唇が小さく動く。その言葉はオレには聞こえないくらい小さな声で発せられたものだった。


 しかし、確かにオレの耳に届いた言葉だった。高宮さんは微笑みながら小さく手を振りながら、ゆっくりとオレに背を向ける。


 オレはそのまま高宮さんが見えなくなるまでホームにいた。


 高宮さんが言った言葉を頭の中で何度も繰り返す。オレの耳元では、さっきの言葉がリピートされていた。


『私。君の奥様で良かった。ありがとう』



 ◇◇◇



 家に帰ったオレはシャワーを浴びてベッドに横になっていた。あの時の高宮さんの顔が忘れられない。オレにだけ聞こえるような小さい声だったが、はっきりと口にしたのだ。


「君の奥様で良かった……か。」


 オレは天井を見ながら呟く。今まで自分の意思で何かを決めたことがない。ましてや、誰かの為に何かをしたいなんて思ったこともない。それでも、オレの心が叫んでいるんだ。


「……もう。高宮さんのことで頭がいっぱいだな。詐欺なら巧妙な手口だろこれ……」


 オレは目を瞑り眠りにつくことにした。きっと疲れていたんだろう。すぐに意識を失うことができた。

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