タルトとプリン
大甘桂箜
第1話
表面に傷のほとんどない冷蔵庫のドアを開けて、昨日会社帰りに買ったクリームチーズを出した。
粉ゼラチンを水でふやかしておき、ビスケットを保存袋に入れて消音のために袋の上からタオルを巻き、めん棒で強めに叩いて砕く。
「アレ○サ、和田アキ子の『古い日記』かけて」
流れてきた軽快なリズムに乗って叩き、腰をふりふりしながら一緒に歌う。
だが、どうにも調子っぱずれで様にならないのは指摘されなくても自覚しているので、近所迷惑にならないように、区切りのいい「はっ」で止める。
タオルを取るといい具合に砕けたので、切り分けておいたバターを数十秒レンチンして、砕いたビスケットにしっかり混ぜる。
それを、バターを塗ったマドレーヌ型に敷き詰め、予熱しておいたオーブントースターに入れて十分程焼く。
「好きだったけど〜」という歌詞が再び流れる。
窓の外を見ると、隣家の庭の桜が三割程散って、ちらほらと若葉が顔を覗かせている。
こちらでは先週、満開になったばかりだが、東京ではもう桜は散って躑躅が咲いていると、会社の同期の
向こうは、日中は上着もいらないくらいの日があるようだが、こちらはまだ春物のコートを着ているので、生まれも育ちも東京で、長引く寒さにまだ慣れない身としては少し羨ましい。
雪国のこの県に転勤してきてから一年経った。
総合職なので転勤は致し方ないと思っている。
仕事はもちろん、環境にも慣れなくてはならないのだが、雪国の冬は桁違いで、風邪をひいたり雪道で滑って捻挫した。
まあ、一人で治すのは今に限ったことではないから別にいいけど。
東京で二年、一緒に暮らしたろくでなしの顔が浮かんだ。
あいつは私がインフルエンザの時にも、大事な会議があるから今うつされたら困ると言って、同居していたマンションを出てホテルを取って寝泊まりしていた。
しかも、そこに後輩の女性社員を連れ込んでやることやっていたのだと、後に発覚した。
ついでにその子が妊娠したので、あっさりと別れを切り出された。
ちょうど異動も決まっていたので、今までの鬱憤を妊婦の彼女の前では言えないので、二人きりにしてもらってから全部ぶちまけて、こっちに越してきた。
歌の最後のフレーズまできた。
歌手和田アキ子の歌声はのびのびと、若い頃の恋の思い出を歌い上げて終わった。
手が止まっていたことに気づいたので、ボウルを用意して、レモン汁とふやかしたゼラチン、クリームチーズを用量の半分程加えて混ぜる。
よく混ざったら残りのクリームチーズも入れてよく混ぜた。
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