第13話 じさぬ

 自殺の次に流行ったのが「じさぬ」であった。君の生きている時代にはまだない言葉だから、説明しよう。

「辞さぬ」のことである。命を捨てるより、別の生き方をしてみようという試みである。古代より心機一転だの気持ちの切り替えだのと言われているが、ま、その焼き直しみたいなもんだ。

「じさぬ」は戸籍すら捨てることができる。書を捨て家を出て、街からも出て、日本人であることをやめ、地球から遥か遠くの星に住む。そこには資本制度も法もない。かといって、意外にも殺人だの強盗だの、悪いことは起きないのだ。みな、穏やかに助け合って暮らしている。やりたいことをし、食べたいものを食べ、人と関わりたくないときは宇宙遊泳をして、人間の頭で考えうる限りの最大の、孤独に親しむ。宇宙遊泳は本当に孤独なのだ。ちょっと恐ろしくなるぐらい。寒気がするほどに。

 君の生きている時代には、いまだに自殺があることがぼくには悲しい。よくワイドショーで芸能人が自殺すると、アホなコメンテーターが「他に方法はなかったんでしょうか。誰かに助けを求めなかったんでしょうか」というが、他に方法がないから自殺するのだし、誰かに助けを求める気力体力より、死ぬのが気楽だから死ぬのだ、ということは君がよく分かっているからあえてここではグダグダ語らないが、ま、とにかく、もうちょっと生きてみれば、いいことあるよ。ミスタードーナツみたいにさ。

 ところで宇宙はブルーベリーの匂いがします。知ってた?

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