腐女子・非腐女子間殺人事件

ユダカソ

腐女子・非腐女子間殺人事件

登場人物


腐女子A:王道 郁美(おうどう いくみ) 文芸部OG

腐女子B:間稲 うみ(まいな うみ) 文芸部2年


非腐女子A:小田割 無々(こだわり むむ) 文芸部2年

非腐女子B:府向 にくむ(ふむけ にくむ) 文芸部2年



とある文芸部で事件が起きた。


上記4名のうちの一人、府向にくむが殺されたのだ。

凶器はなんと同人誌。

それも王道郁美の描いた同人誌だ。

肉を抉るように同人誌が死体に刺さっていたらしい。


それでは王道郁美が殺したのだろうか?

しかし彼女は「私ではない」と言う。


なら同じ腐女子である間稲うみだろうか?


それとも彼女の友達である小田割無々か?

しかし彼女は府向にくむと同じく非腐女子だ。

殺す理由はあるのだろうか?


4人に一体何があったのか……。

犯人は誰なのか……。

彼女たちの話を見てみよう。




[newpage]



仲のいい文芸部。

そこではたわいもない話で盛り上がっていた。

たわいもないと言ってもほとんどBLの話だ。


この文芸部には女子が多く、よく漫画やアニメ、小説の話で盛り上がる。

女子の半分以上は腐女子……フィクション内のキャラクターでBLの妄想をするのが好きな女子であり、日夜(夕)その話で盛り上がっていた。


中には別にBLに興味の無い女子もいるが、彼女達はとりわけBLに拒絶的なわけでもないので、彼女達の楽しそうな話を傍で聞いていた。


しかし、少なからずやはり聞いていて耐えられない女子もいるようで………


「ねえ、小田割さんもそう思うよね?」

「え?」


部室に向かう途中、府向にくむは小田割無々と並んで歩いていた。


「腐女子ってさ、こっちが別に否定してるわけじゃないのに、相手が腐女子じゃないってわかると『私たち特殊性癖の持ち主だからw』って、迫害されてると思い込んで被害者面して距離を置いてこようとするじゃん。本当にいい加減にしほしいよね。」

「……まあ……そういう人もいるけど……」


府向にくむと小田割は腐女子ではなかった。

なので客観的に見た腐女子の行動に、思うところが少なからずあったのだ。


「でも、そういうこと言わない腐女子だっているよ?私はそんなに気にした事ないから……。」

「え、でも腐女子まじで長く付き合ってるとダルくなってくるよ?あいつらいつも同じ話しかしないし、しかも女キャラの悪口言ってくるし。」


先程の話は否定していた小田割も、その話には思い当たるところがあった。

友人の間稲うみが、イケメンハーレム系恋愛シミュレーションゲームの主人公の女の子を「どうしても邪魔に感じる。主人公がいなければいいのに。」と話していたのだ。


「その子含めて作品なのにさ、作者にも失礼だよ。その女キャラが好きって人もいるのに。女キャラは憎んで当たり前みたいな空気出して……。」

「…………。」


小田割は反論できなかった。

今の文芸部でもそのような空気を感じていたからだ。

漫画なりアニメなりで登場した女性キャラが、目当ての男性キャラに絡むと少なからず嫌悪感を示す人がいたのだ。


「『男と男の恋愛しか認められない』って……それもおかしいし、そもそもそれお前が作ったものじゃねーだろ……って思わない?」

「………でも………仕方ないじゃん。」


小田割にとっては「そういう人もいるけど、人間誰しも悪いところがあるんだから多少は目を瞑るべきだ」という意味であった。

しかし府向には「腐女子はそういうものだ」という意味に聴こえてしまったらしい。


「仕方ないって………小田割さんも我慢してるんだ。」

「え?我慢なんて……」

「小田割さんも無理して付き合わなくていいよ、あいつらに。」


そこまで話し、部室の手前まで来て部員がチラホラ見えてくると、自然と会話は止んだ。


そして「あ!むむちゃんとにくむちゃん!」と部員の一人に声をかけられ、さっきまでの会話は部員どうしの明るいやり取りにかき消された。

そしてその部員の中には、間稲うみもいた。


小田割は否定できなかった。

彼女の語る偏った腐女子観を………。


「いくみ先輩〜!お久しぶりです!」

「久しぶり〜。はいこれ差し入れ。」

「わ〜!」


今日はOGである王道郁美が来ていた。

郁美は手土産のドーナツを振る舞い、懐かしい後輩たちと話に華を咲かせている。


「卒業したら同人活動捗っちゃってさー、これ友達と作ったんだけど」


郁美は自身の同人誌を取り出した。

それを見て盛り上がる部員たち。

部員の中には少ないが男子もいたが、BLについては気にしていないようだ。

それどころか彼らも同人誌自体には興味があったそうで、実物を見て感動していた。

表紙は絡み合うイケメン達だったが、逆にそれがウケたらしい。

オススメの印刷会社などの話を興味深そうに聞いていた。

そのように盛り上がっている中のことだった。


「田中君と長谷川君って仲良いよね。」


部員の1人が何気なく文芸部男子を見てそう言った。

他の女子もこの言葉を皮切りに男子を観察し始めた。

じろじろと眼差しを向けられる男子部員たち。


「BLならどっちが受けかな」


腐女子のSAGAか、自然とそのような話になってきて、盛り上がり始めた。

非腐女子部員や男子部員はギョッとして、止めようにも言葉が出ない。

府向けにくむはそのような腐女子たちの行動を蔑むような眼で眺めていた。

腐女子が男性どうしの恋愛に興味があるとは言え、流石にこれはいきすぎだ……誰もがそう思った、その時である。


「ちょっと、それは駄目だよ。」


OGの王道郁美が真剣な表情で止めに入った。

はじめは「え〜?」のような軽い反応で、制止を無視して再び盛り上がろうとしていた腐女子達も、郁美がふざけて止めたわけではないことがわかり、場は静まった。


「ナマモノは本当にダメ。そういう話はイジメと変わらないよ。腐女子ならそういうとこきちんと線引きしなくちゃ。」


「気持ちはわかるんだけどさ。」郁美はそう付け足しながらも真面目に注意した。

非腐女子部員や男子部員はホッとしたが、腐女子達はシラけてしまったようだ。


「あ、私帰らなきゃ」

「私も」

「お疲れ様でしたー」


パラパラと部員達は帰っていき、男子達も同人誌の話が落ち着いたらしく、頃合いを見て席を立ち、部室から人数がどんどん減っていった。


残ったのはOBの王道郁美、現部員の間稲うみ、小田割無々、府向にくむの4人となった。


「もう4人だけになっちゃったねー」

「そうですねー」


誰ともなくそんな話を出しつつ、だらだらと部室で過ごしていた。


「私、トイレ寄ってきますね。」

「あ、私も…。」


そう告げて府向にくむと間稲うみは部室を離れた。

残された郁美と小田割。

2人は話題に困っていた。

何故なら郁美は腐女子で、小田割は非腐女子だからだ。


「えっと…小田割ちゃんは腐女子じゃないんだよね?」

「あっ…はい。でも聞くのは別に平気です。」

「そうなんだ。ごめんね。嫌だったら言ってね。」

「大丈夫です。気にしないで……。」


気にしないでと言っても、それは無理な話だとわかっていた。

腐女子が非腐女子に対して全て打ち明けるということは決して無い。

しかしそれは腐女子どうしであっても、非腐女子どうしであっても、人間誰しも全て打ち明けることは無いのだ。

だが腐女子とそうでない人という明確な違いが、とりわけ人間どうしの溝を浮き彫りにさせていた。


「腐女子はこちらが否定していなくても自分達を特殊性癖と語って、迫害されていると思い込み距離を置いてこようとする……」


小田割の中で府向にくむの言葉がこだまする。

いいや、そんなのはごく一部だ。

自分から歩み寄れば彼女たちだって自然に接することができる……。

現に私には間稲うみという、腐女子のいい友達がいるのだ。

自分にそう言い聞かせ、小田割は王道郁美に声をかけた。


「それ、先輩の同人誌ですよね。どんな本なんですか?」

「あ、これ……?中は普通の主人公受けだけど、誰かに刺され〜と思いながら描いたんだ。」


郁美ははにかみながら語った。

まだ中身を見せてもらえるような間柄ではないにしろ、気さくでいい先輩だ。

小田割は王道郁美に好感を持った。


「そのカプはなんで好きになったんですか?」

「いや〜それがどうしてだか自分でもわかんないんだけど、読んでるうちに好きになっちゃって……」


小田割と郁美は話を弾ませた。

と言っても郁美の一方的な語りに小田割が相槌を打つ程度だったが。

小田割は腐女子ではないが、腐女子の語りを聞くのは好きだった。

その人なりの気持ちや読み方などが見えてきて面白いのだ。

キャラに対する過剰なまでの思い入れが、聞いていて愉快なのであった。

郁美の話は主に男キャラについてだったが、小田割は気にしていなかった。

というより、男キャラの話以外出てこないと思い込んでいたのだ。

しかし、郁美が話したのは男キャラの話だけではなかった。


「で、私の推しは女の子キャラの××ちゃんと仲がよくて、それも可愛いくて……」

「え、女の子ですか?」

「? うん。可愛い子だよ。ツインテで……。」

「へえ……、珍しいですね。腐女子なのに女キャラが平気なんて。」

「え………」


郁美は固まった。

小田割のあまりに酷い偏見に言葉を失ったのだ。


「いや、腐女子でも女キャラ好きな人も全然いるよ?別に珍しくないよ?」

「え……そうなんですか?腐女子ってみんな女キャラ嫌いなのかと……。」

「いやいやいや!そんなのごく一部だって!腐女子でも男女のカプや女どうしのカプが好きな人だっているし!そんな男キャラしか好きじゃないほうが珍しいから!」


小田割は驚いた。

腐女子にも女キャラが好きな人もいるなんて。

自分は腐女子に理解がある方と思い込んでいた。

しかし今の話を聞いてはじめて、「腐女子はみな女キャラが嫌いである」という偏見を自分が持っていたことに気づいたのだ。


郁美も驚いていた。

腐女子であるがゆえに腐女子の多様性を知っていたのだが、客観的に見ると腐女子のそのような多様な面は無視され、みな同じ(それも悪い方向に)に見られているということにショックを受けていた。

特に、「腐女子はみな女キャラが嫌い」などと思われていたなんて…。


やっぱり腐女子は非腐女子と相容れないんだ……。


そんな思いが郁美の中で頭をもたげた。

しかし……


「すみません先輩……。私、いま凄くひどいこと言ってましたね……。」


小田割は申し訳なさそうにしている。

それを見て郁美は「まだ希望はある」と感じ、笑って見せた。


「ううん、大丈夫。だってこの文芸部の部員もそうだけど、女キャラの悪口言う腐女子って、やっぱりどこにでもいるから。」


「ほんと困るんだよねー」と、郁美は腐女子なりの苦労話を始めた。

小田割はそれを聞いて、腐女子にも様々な事情や派閥があり、腐女子内でも外でも問題になっていることを知った。

腐女子の問題ある行動は同じ腐女子間でも問題視されていて、(例えば先程の身近な男性でカップリングの話をしてしまうなど……)そのような問題児と腐女子全体をひとまとめにされては堪らないと言った話だった。

そのような話を、小田割は遮ることなく淡々と聞いていた。


(そうか。)

そして小田割は悟った。

(腐女子とか腐女子じゃないとか、関係ないんだ。)


そのことに気づき、小田割は少し安心した。

先輩である郁美と話しているうちに、友達であり腐女子の間稲や文芸部の仲間と、これからも仲良くやっていけるだろうという気持ちになったのだ。

それは郁美も同じであったようだ。


「これ、よかったら1冊あげる。」

「え、いいんですか?」


郁美は小田割に自分の同人誌を手渡した。


「うん。小田割さんなら読まれても大丈夫かな……って。さっきも言ったかもしれないけど、誰かに刺さるように力を込めて描いたんだ。」


そう言う郁美に、小田割は心を開かれた心地になり、思わず笑みが溢れた。


「……ありがとうございます。」

「こちらこそ。」


小田割は郁美の同人誌を大切そうにうけとった。


「ただいまー。」

「あ、おかえりー。」


その時ちょうどトイレから帰ってきた府向にくむと間稲うみ。

先輩との語らいも楽しかったが、小田割はそろそろ間稲と一緒に下校しようかと考えていた。

「ねえ、うみちゃん…」と声をかけようとした、その時…


「あれ?もう帰るの?」

「……うん。」


間稲は鞄を取ると、一人でさっさと帰ろうとしたのだ。

慌てて立ち上がる小田割。


「待って、私も一緒に帰る。」

「いいよ。無々ちゃんは府向さんと帰りなよ。」

「え……」


「じゃ」と帰ろうとする間稲を、「ま、待って!」と小田割は急いで追った。


「なんで?私、うみちゃんと一緒に帰りたい。」

「え?でも私の話面白くないし、無理して聞かなくていいよ?」


あなたは腐女子じゃないんだから。

突き放すように言われ、小田割は状況が掴めず動くことができなかった。

あまりにも急な態度の変化。

今まで腐女子じゃない私にも楽しそうにBLの話をしていたのに……。

なんで………どうして………。


「やっぱり腐女子って、ああやって勝手に距離を置いてくるよね。」


後ろで府向にくむの声がした。

振り返ると、すぐ後ろに彼女が立っている。

まさかと思いながらも、小田割は問いかけた。


「………府向さん、もしかして……………うみちゃんに何か言った……?」


唾をのむ小田割を、薄く笑う府向にくむ。


「別に。あたしは何も言ってないよ。言ってきたのは向こう。」

「……なんて?」

「腐女子のこと嫌いなの?……って。あたしは正直に『うん。』って答えただけ。なんか、あたしがさっき小田割さんとしてた会話聞いてたらしいよ。」


さっきの話……さっきの話って、あの……

にくむの話を聞き、小田割は数時間前の記憶を脳内で一気に駆け巡らせた。


「腐女子ってさ、こっちが別に否定してるわけじゃないのに、相手が腐女子じゃないってわかると『私たち特殊性癖の持ち主だからw』って、迫害されてると思い込んで被害者面して距離を置いてこようとするじゃん。本当にいい加減にしほしいよね。」

「……まあ……そういう人もいるけど……」


「でも、そういうこと言わない腐女子だっているよ?私はそんなに気にした事ないから……。」

「え、でも腐女子まじで長く付き合ってるとダルくなってくるよ?あいつらいつも同じ話しかしないし、しかも女キャラの悪口言ってくるし。」


「その子含めて作品なのにさ、作者にも失礼だよ。その女キャラが好きって人もいるのに。女キャラは憎んで当たり前みたいな空気出して……。」

「…………。」


「『男と男の恋愛しか認められない』って……それもおかしいし、そもそもそれお前が作ったものじゃねーだろ……って思わない?」

「………でも………仕方ないじゃん。」


「仕方ないって………小田割さんも我慢してるんだ。」

「え?我慢なんて……」

「小田割さんも無理して付き合わなくていいよ、あいつらに。」


……………ああ……………。


全てを察した小田割は、足元が崩れ落ちる気分に見舞われた。


あの時、こいつの話を強く否定しておけばよかった。

きっと間稲うみは私と府向にくむが話しているのを見て、私もこの腐女子嫌いの女と同類に思われたのだ。

私は決して同意しなかったが、否定はしていなかった。

出来なかった。腐女子に対して思い当たる節があったから。

それが……友情の崩壊を招くなんて。


「……ひどい。」

「え?」

「ひどいよ。私、うみちゃんとずっと仲良しだったのに。」

「でも、あの子は腐女子だよ。腐女子の話なんてつまらないじゃん。そんな奴らとなんで無理して付き合ってるの?」

「無理なんかしてない!うみちゃんの話はつまらなくなかった!腐女子だからじゃなくて、友達の話だから楽しく話せてたの!なのに……なのに……!」


許せなかった。

私たちの友情を崩壊させた府向にくむのことが。

だから……


「この『刺されと望まれた』っていう同人誌でこの女を刺したの。」


刺さるとは、物理的な意味だったのだ。


「この同人誌をくれた先輩に謝りたい。読む前に、穢れた血で冊子を汚してしまったから。」


それだけ言うと、小田割は牢の奥の闇の中へと消えていった。

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