燃えるイケメンの肖像
ユダカソ
燃えるイケメンの肖像
今日もイケメンが燃えた。
始まりは数年前……、いや、もっと前から問題は始まっていたのかもしれない。
ともかく、私がこのイケメン問題を知ったのは、ある一枚のポスターがきっかけだった。
そのポスターは献血を促す、極めて善良な目的で貼られたポスターであった。
ただ問題視されたのは、ポスターにイケメンが描かれていたことだ。
扇情的な目つきとポーズで、服が少しはだけて胸元と腰あたりの肌が少し見えている。
おまけに「俺に血を分け与えろ」というアオリ文句がついていた。
私はこのキャラクターをよく知らないが、よくある俺様系、つまり「上から目線で強引な性格のイケメン」なのだろうと思った。
このようなキャラクターは多くの女性にウケがいいことは知っていたが、私は別に好きでもないし、何なら「少し腹が立つ」くらいまである。
だが嫌いでもないので、「ちょっとムカつくイケメンのポスター」という認識でしかなかった。
だが、そのイケメンが一部の人の反感を買ったらしかった。
「日本が如何に性差別的かを表すかのような一枚だ。」
「なぜこのポスターを献血ルームに貼る?TPOがわきまえられていない。」
「胸元と腰の肌が見えていて非常に性的である。気持ち悪い。」
「献血を促す文句に『俺に血を分け与えろ』とはいかがなものであろうか。」
SNSで大バッシングを受け、このイケメンポスター問題は大騒動となった。
ネット用語で言うと「炎上」してしまったのだ。
日本ではイケメンが大人気だ。
まあ、日本でなくとも大人気なのだが、シュッとしていて清潔感のあるイケメンの二次元キャラクターが最も多い国であると思っている。
そのようなイケメンキャラクターは大抵女性好みになるように描かれているため、現実的に考えるといささかおかしい面が、内面にも外面にも存在する。
フィクションの中の存在だからそれは当たり前のことではあるのだが、それが「現実にも影響を与えうる存在」として、昨今は問題となっているそうなのだ。
この献血イケメンポスターの場合、
・扇情的な表情やポーズ
・服がはだけ肌の一部が露出していること
・献血を促すアオリ文句が適切でない
という点が問題であるとして、主に「TPOが不適切である」と判断されてしまった。
服がはだけていると言っても物凄く脱げているわけではない。
ただ胸筋の盛り上がり(イケメンなのでそんなに盛り上がっているということは無い)が見えるかなというくらいと、腰の骨の辺りの肌が見えているな、というくらいであった。
だが、一部の人にはこれが性的に見えて非常に我慢ならないものらしかった。
SNSでの炎上はテレビでも取り上げられ、コメンテーターの男性が真面目な顔で「僕はこれは、十分性的だと思う」と議論しているのには笑ってしまった。
これを発端としてかどうかは知らないが、この頃から女性向けのイケメンは「性差別・性犯罪を助長させる」とジャッジされ、次々と問題視されるようになった。
Vtuber(バーチャル・ユーチューバー)のイケメンも上記のイケメンと似たような格好をしており、問題視され、テレビでボロクソ言われていた。
(性格はポスターのイケメンより穏やかな性格であったが、それが女性好みに寄りすぎていると判断されてしまったようだ)
「KAITO(ボーカロイド:実際の人の声のような音声で歌う機械)の頃から始まった、このイケメンブーム。このイケメンが最近、問題となっていますーーー」
テレビではいつものようにイケメン問題について語られている。
イケメンがなぜ人気なのか。
イケメンがなぜ問題なのか。
毎日のように議論されていた。
「イケメンは性差別・性犯罪を助長する」派の意見はこうだーーー
・人々はポスター、漫画、アニメ、ゲーム、様々な情報から影響を受けているため、イケメン絵によって少しずつ思考に影響を与えられている。
・そのため、イケメン絵の影響から「男性の身体を性的に見ても良い」という風潮が出来上がっている
・なのでイケメン絵は規制するべきだ
中には「規制とはいかずとも掲示する場をよく検討するべきである」というマイルドな意見もある。
どちらにしろイケメン絵は公的な場(献血ルームや温泉など)には置いてはいけないらしい。
世間では確かに女性が男性の身体を触る痴女行為が問題となっている。
職場内や学校内でも「お前童貞だろ」など、性的経験の有無をからかう女性(中には男性も)も少なくない。
酷い場合は男性が女性によって無理矢理性行為を強要される事件もある。
(女性が女性を、男性が女性を襲うこともある。ごくまれに男性が男性を狙うこともある。)
このような世の中であれば、確かにイケメンのポスター等から影響を受けて男性を軽視する風潮が出来上がっているのかもと思えなくもない。
一方、「イケメンは性差別・性犯罪を助長しない」派の意見はーーー
・イケメンの身体をとやかく言う方がおかしい
・イケメン絵から影響を受けている人がいても、現実の人間が注意すればよろしい。
・イケメンを好きな人がいるというだけで、その人達の趣味を侵してはならない
・そもそもイケメン絵が存在する前から性差別、性犯罪は存在する(なので無関係である)
・イケメンを規制するということは、表現の自由を奪うということだ。
こちらにもやはり「規制はいけないが掲示する場をよく検討するべきだ」という意見が多数であった。
TPOが大事というのは共通で認識されているようだ。
確かに性差別・性犯罪の歴史はフィクションに登場するイケメンの歴史よりもずっと長く、永遠に解決されない悲しい人類の闇でもある。
イケメンが存在しようとしなかろうと、性差別や性犯罪は起こる時は起こるのだ。
悲しいが、それは事実だろう。
だがそんな闇を抱えた歴史の中で、性的なことを仄めかし、それを喜ぶような男性像が蔓延っているのはどうなのだろうか?と思わなくもない。
しかし、そのようなイケメンを好む人たちやイケメンを生み出す者たちが性犯罪を起こしているかと言うと、必ずしもそうではない。
イケメンを好む人はイケメンに見る夢を楽しんでいるだけだ。
そして、イケメンを生み出す人も、夢を見させることを生業としているだけだ……。
それの何がいけないことであろうか。
それにフィクションの存在だから出来ることが沢山ある。
現実の人間に行ったら大問題となることも、フィクションなら現実で傷つく者はいないので、何をやっても平気ではある。
だがそれは同時に、客観的に見たらグロテスクなことであるのは確かだ。
実際、そのグロテスクさが槍玉に挙げられてしまい、「こんなフィクションを楽しんでいる者は犯罪者予備軍だ」と世間的に思われてしまっている。
しかも最悪なことに、実際に事件を起こした者が「アニメやゲームに影響されて」と罪をなすりつけたり、
犯人の家からイケメンのハーレム漫画、恋愛シミュレーションゲームなどが見つかるなどをしてしまうから大変だ。
そうやって無理矢理事件とイケメンを結びつけるマスコミもたちが悪いのだが、そのような報道を鵜呑みにしてしまう人もいるから非常に厄介である。
なので世のイケメン好きは表立って趣味を語ることは出来ないでいた。
まあ、イケメンが好きであろうとそうでなかろうと、イケメンの身体についてあれこれ言ったり、大っぴらにキャラクターに「俺のもの♡」と語りかけるのを見ているのは気分が悪いものである。
そのような行動が目立つイケメン好きは今までも世間的に避けられていたのだが、昨今のイケメン規制問題が取り沙汰されるようになってから、余計に反感を買うようになってしまった。
「そうやって自分は男性をジャッジする立場にあると思い上がっているんですね」
「男性の身体はあなたたちのものではない」
「どこへ行ってもイケメン、イケメン、イケメン……なんでこんなにイケメンだらけの国になってしまったの」
イケメン愛好家はイケメン規制派から日々罵られている。
このようなイケメン問題は日に日に頻度を増していき、漫画でイケメンが女性キャラクターを口説こうものなら「流石痴女大国ヘルジャパンですね」という文言と共に該当場面がアップされ、それが拡散される始末である。
スポーツ漫画でイケメンの汗が色っぽく流れても、グルメ漫画でイケメンが恍惚な表情で飯を食べていても、イケメンの唇や鎖骨が強調されたり、胸筋や尻の肉が揺れるシーンも同様に酷評されていた。
私自身の意見はというと、正直言ってどうでもよかった。
イケメンのことは好きでもなければ嫌いでもない。
確かに無理矢理「性的なイケメンを見ろ!」と強要されたら物凄く腹が立つが、そうでもない限りはあっても無くてもどちらでもよかった。
強いて言えば、こんなくだらない議論が一番無くなって欲しい。
ただ、「みんなイケメンが好きである」かのような表現は好みではない。
イケメンを色っぽく描けば描くほど人気が出ると思われ、真面目なシリアス調なフィクションでも、ほのぼのとした日常モノでも、心ときめく恋愛モノでも、笑えるギャグコメディでも、イケメンの色っぽいシーンが挟まれるのは流石にもう見たくない。
たまに挟まれるのなら良い刺激となるのだが、刺激を受けたくない時……例えばリラックスしたいときや真剣な気持ちになりたい時、そういう時に日常モノやシリアスなフィクションを手に取り、色っぽいイケメンが登場すると「またか」と思う。
要するにイケメンに対して食傷気味になってしまったのだ。
なのでイケメンを規制したい人たちの気持ちも正直わかる。ほんの少しだけだが……。
最近はそのようなイケメン規制派の声を受け、芋っぽい男性像のフィクションが増えてきた。
私はイケメンでなくとも、というかイケメンよりも、いかついだとか勇ましいだとか、ちょっとうさんくさかったり気弱な性格など、そういう味のある男性像の方が好きである。
だが本当に魅力の無い(何が魅力かわからない)男性は流石に好きにも嫌いにもなれず、困ってしまう。
そして誠に残念なことに、イケメン問題によって、そのような魅力の無い男性像だらけのフィクションが増えてしまったのだ。
自分は「イケメンじゃないだけでいい」と思っていたのだが、なかなか難しいものである。
丁度いい男性像が、なんとか色気に頼らず描かれないものかと、そしてイケメンに関するくだらない議論がさっさと終わらないかと、日々願うばかりだ。
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