6.粉雪が連れてきた幻

―雅人―

いつまで鳴らしても一向に出る気配が無いので切ろうとしたら、ようやくコール音が途切れた。

「おい、瞬!どこまで行ったんだよ」

『ごめんなさい、もう戻るから』

「だから、お前どこに居るんだっての」

若干、声にいら立ちが混じる。

ラジオの収録帰り、会社から連絡が入ったので路肩に車を停めて話していたら、知り合いを見つけたと言って瞬は突然車を降りて行ってしまった。

「車、移動させたからさっきのとこにはいねえぞ」

『えー、まじすか。どの辺?』

「どこって、さっき居たところから真っ直ぐに…」

説明しながら辺りを見回す。すっかり陽も落ち、街路樹に巻き付けられた電飾が煌々と光を放っていた。

「くっそ、雪降ってきたな…」

イルミネーションの光に反射して、細かい雪が舞い落ちてくるのが見えた。

「あー、もう。どこに居るのか言え。探しに行くから」

スマホを耳に当てたまま、車から降りる。足早に歩いてきた若者と肩がぶつかった。

「…っと、すみません」

『あ、もしかして人の多いとこにいる?』

「停めれるとこ無くて、来ちまったんだよ。分かった、車回すから、さっき降りたとこに…」

言葉が途切れた。

イルミネーションを見上げながら歩く人ごみの中、何故か吸い寄せられるようにそこへ視線が向いた。

ベージュ色のダッフルコートに、カラシ色のマフラーがよく映える。すらりと高い背丈、アッシュブラウンの柔らかそうな髪の毛。

微笑みを浮かべながら一人、街路樹を見上げて歩くその人に、俺は見覚えがあった。

『雅人さん?おーい、聞こえてます?…』

スマホが耳から離れる。

周りの景色が止まって見えるようだった。ただ一人、彼だけが俺の方へ向かって歩いて来るのが分かる。

呆然と立ちすくむ俺の横を、彼がゆっくりと、すれ違って行った。


「朝陽…?」


声に出してみたら情けないほど震えて、呟きにもならないほど掠れてしまった。きっと、聞こえなかっただろうと思った。

俺の背後で、立ち止まる気配を感じた。

恐る恐る振り返る。カラシ色のマフラーが、風に揺れてはためく。戸惑いの浮かんだ黒くつぶらな瞳に、一気に懐かしさが込み上げた。

「うそだろ…」

唇が震える。

「ほんとに…?朝陽…」

だが、当の朝陽の方は困惑した表情を浮かべていた。

「すみません、ええと…」

なかなか名前が出てこない朝陽に、雅人だよ、と名乗ったが、まさと、と呟いただけで朝陽は首を傾げた。

―どういう事なのか。人違いにしては、面影がありすぎる。

困惑していると、不意に朝陽の背後から男が現れた。

「どうしたの、朝陽」

黒いトレンチコートにグレーのマフラーを巻いたその男は、切れ長の鋭い目つきで俺を見た。

「知り合い?」

男が朝陽に問いかける。朝陽は困った様に苦笑を浮かべた。

「いや…人違い、かなあ」

すると、男は不意に朝陽の肩に手を回し、俺を見た。

「ごめんなさい、僕たちこれから、予定が」

どこか外国の訛りのある話し方だったが、有無を言わせない圧を感じた。

「…あ、ああ。すみません。なんか、間違えちゃって…」

ようやくのことでそう言うと、逃げるように二人に背を向けた。

握りしめたままだったスマホが震える。画面を見ると、瞬の名前が出ていた。通話ボタンを押そうとした指が止まる。

舞い落ちてきた粉雪が、画面に落ちて、溶けて消えた。


―朝陽―

逃げるように立ち去る後ろ姿を見送った後、自分の肩を強く抱く手を見て苦笑いした。

「偶然だね、あきら

「ん」

肩に載っていた手が下ろされる。

「朝陽、困ってたみたいだったから」

はなぶさ亮はそう言うと、寒そうにむき出しの両手をこすり合わせた。

「知らない人?」

聞かれ、少し考える。まさと、と名乗った先ほどの彼に、俺の方は見覚えが無かった。

けれど。

「…もしかしたら、”知っていた”のかも、しれない」

呟いた声に、そういう事か、と亮が小さく頷いてくれる。

「今から帰るところ?」

「あ、うん。亮も?」

「そう。じゃあ一緒に帰ろう」

そっと背中を押され、歩き出す。

気になって再び振り返ったけれど、彼の姿はもう見当たらなかった。

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